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なんか、サーバーの移転を余儀なくされたノーブル佐々木です。

お気づきだろうか?
ブログデザインが変更されたのを・・・。
そう、サーバーの移転しました。
というか、そちらに移行する、ということなので代替地に立ち退き移転、見たいな感じで縁起でもない・・・、とか思う。
でも、あんまり気に入ったデザインがなくて、何かしないとな、とも思っていたので良しとしよう。
むむ、ますます商店街の問題と被る。


■署名23000人!

岩手日報20101201

なんとまぁ、このあいだ1万超えたとお知らせしたばかりなのに、あっという間の2万越え。
みんな11月末まで大事にふところに抱えていたわけだ。
オラホは、集計には行けなかったんで、今日の新聞記事で知ったのだが、これは驚異だね。
1万の時は、どうなんだろう?的だったけど。

10月19日に初めて約40日。
500署名/日のペース。
街頭署名は1回やっただけで、そのとき集まった署名は10名にも満たなかったから、皆個々に署名運動した結果なわけだ。
そうそう、30%は県外から、とか書いてあった。
なんとありがたい。

テレビで取り上げられたのは、ローカルだけなのだから、観光客とウェブサイトからのダウンロードなんだろう。
いや、上げててよかった。
そういえば、オラホのとこの回収箱には、千葉在住の外国人の署名が入っていたなぁ。
じゃーじゃー麺でも食べに来たのかな。



■盛岡市長の会見

日報20101202記事を保留しておいたら、本日、新たなる記事が岩手日報に掲載された。
主要な部分をテキストにおこしてみよう。


一部抜粋>>-----------------------------------------

盛岡・桜山問題で市長


地元団体に協議申し入れ


「たたき台とらわれず」


盛岡市の谷藤裕明市長は1日の記者会見で、桜山神社参道地区の史跡復元構想について、「白紙撤回」を求めている地元団体に対して正式に協議の申し入れを行ったことを明らかにした。

文書は11珂30日に市長名で地元の内丸第2町内会、東大通商業振興会に提出。

「地域との合意形成を前提に市のたたき台にとらわれることなく協議したい」などとして、市が殷殷方針を示す協議の場への参加を要請した。

谷藤市長は「さまざまな意見を踏まえてスケジュール、計画書の表現などを柔軟に対応したい」と説明。

協議への自らの出席についても「いつでも必要な時は対応する」と前向きな姿勢を示した。


これに対し、地元団体は4日に役員会を開き対応を検討する。

同振興会の颯田原会長は「市の案を持ち込まないのなら協議に応じることは可能。一歩前進と捉えており、役員会に諮りたい」と語る。


抜粋終わり>>-------------------------------------------------------------------------

昨日、この「協議の申し入れ」のコピーが主だったところに配られた。
明後日に行なわれる商店街の臨時総会に披露され、報道を通じて公になると思うが、市の柔軟姿勢と読み取れる文言の記載が確かにある。
欲を言えばきりがないので、これを足がかりに市と足場の高さが近いところで話し合いを持つことが出来ると期待したい。
ちなみにその文言とは以下の一文。

・・・地域との合意形成を経て進めること・・・

いや〜、良い一文だねぇ。
「白紙撤回」とは言ってないけど、これは事実上の白紙撤回といってよいだろう、と思う。
白紙撤回しても市の意向は変らないだろうから、同じことだよね。

ここからいよいよ本番と言うところだな。






今日は良い負債の日?とおもったら、ああ〜ん、良い夫妻ね。
人差し指と親指で洗濯物を持って行かれるノーブル佐々木です。



ふと気が付くと、3週間近く更新が滞っていた。
ふっ、また時に追い越されちまったぜ。


■署名1万人分集まる

いや、正確には集まってるころ、かな?
先週の土曜日(11月20日)に、NPOみどりの相談室の方々と合同で、池の淵の落ち葉拾いがあったのだが、その際会長の颯田氏から

「9千○百○名分署名が集まりました〜。」

※○は覚えていない数字。

との報告があった。
この場を借りて、協力していただいた方々には、ふかくふか〜く感謝いたします。
ありがとうございました。
あれ?何か軽いな・・・。
でも本気ですから。

んで、オラホのとこにも、今200名分があるので、現時点で町内かき集めれば間違いなく一万は超えるだろうと思われる。
まだ目標の5分の1に達したにすぎないが、ここを通らなければ次が見えてこないわけで、取りあえずは一安心、と言ったところ。

ほぼ1ヶ月で1万人というのは、ペースとしてはどうなんだろう?
結構良い数字と言う話も聞くんだけど。
ちなみに11月末でいったん集計するのだが、これは12月の市議会を見据えてのこと。
このままのペースを維持したとしたら、半年くらいで5万人の目標は達せそうだが、それでは市が結論を出すという3月には間に合わない。

しかしながら署名の目的のひとつは、計画案の白紙撤回なのだから、市が3月前に白紙撤回を決定したならば、その時点で目的の半分は達成したことになる。
目的の残りの半分、つまり商業地への変更は、もちろん商店街にとって重要な案件であるのは変わりないが、市との協議が実現するなら、その中で実現化も可能だろうから、後回しにしてもいいような気がする。
つまり、5万人分集める前に終わる可能性もありうる。

あ、ありうる、って何か言い方が、お役人みたいになってきた気が・・・。

いずれ、口約束や雰囲気で良い方に解釈する愚は、繰り返すわけには行かない。
しっかり資料に残る形で文書化するまでは、気を緩めるわけには行かないのだ。
安易な予想や空気感は禁物。


おお〜、今日は短っ!


靴下は2段目の引き出しだった事に気付いたノーブル佐々木です。

今回は短いぞ、と。


■署名回収箱

今日は、例によって商店街の会合があった。
とは言っても、知らない人には知らない話でございますが。
市から「桜山神社参道の…」が発表がされてからは、ほぼ週2のペースで会合を開いている。
皆、営業中にもかかわらず、事が事だけに出席率が良い。

今日は、署名用紙の回収箱を作った。
「感情的で過激な主張は困るよなぁ。」とか「なんか、違う方向に行っちゃうんだよなぁ」などと言いながら、和気あいあい作業していた。
作業と言っても、下準備が完璧で「投票用紙あります。」と書かれた紙を段ボール箱10個ほどに貼るだけだったので、30分もすると作業は終了。
これから話し合いの本番と言う時、誰かが言った。

「いや〜、これ『回収箱』とか書いた方がよかったんじゃないですかねぇ。」

「…え゛!?」(颯田会長)

どうやら、プリントアウトするファイルを間違えたらしい。(嫁さんが)
そして会合は、30分前にタイムリープした。
時をかける商店街の完成だ。


■桜山宮司「契約更新はしない」を否定(したらしい)

なんというか、喜ぶべきことではあるけど、何ともお粗末。
“来た!「桜山神社参道の将来像について」9”でお伝えした悪いニュースがデマらしい。
新聞にも報道されたが、宮司が村田市議に語ったという「神社は借地の契約更新はしない」と言う話のこと。
氏は市議であり、マスコミの大勢いる中での発言だったので、無条件に信じてしまっていた。

しかし、今日の会合で吉田屋の山崎氏(以下“ダボさん”、由来は忘れた)が、「そんな話は、誰にもした覚えがない。」と村田氏の発言を否定した本人談を教えてくれた。
ま、これも確認はとっていないので、伝聞と言う事になるからはっきりしてはいない。
結局、どちらも伝聞、と言う意味では同じレベル。
公・私の立場と、公式・非公式の違いはあるけど。

本来なら、これを自ら確認して書き込むべきなのかな〜、とか思わないでもないけど、アホ面下げて会いに行くにはまだ賞味期限内だし、オラホが聞いた話、と言うだけではあまりに軽すぎる。
ここはしっかり宮司の口から皆に説明するのが一番だな。



■「契約更新しない」デメリット

自らのブログで、宮司はなんか怪しい…的な事を書き込んじゃったんで、人間関係が少し心配なのだが、怒らないでね宮司さん。
ごめんよ。
さて、宮司の怒りが収まったところで(は?)、神社が契約更新をしなかったらどれだけ困るか、って話をしよう。

まず、何といっても地代収入が無くなる。
具体的な金額は知らないが、年間数百万と言う事はないだろう。
いや、これより下でなく上、と言うことね。
これは、間違いなく神社の経営基盤を揺るがす。
いや、崩壊かな。
そして、例大祭などで募るお布施(寄付)もなくなる。

駐車場は、どうかな。
地域外に借りたい人は山ほどいそうだから、そっちは大丈夫かも。
お祭り要員としての地域の貢献度は、正直あまりあるとは言えないかな。
昭和40年代までは、桜山神社のお祭りはすごかったんだけどね。

あれれ、こうなると結局地代収入とお布施だけか?
んん〜、困ったもんだぞ、それだけなのか?
いやいや、そんなことはないぞ。
商店街でイベントして盛り上がれば、それはそのまま神社のPRにもなってたはず。
「神社を中心とした街づくり」これをしてきたはずだ。
あれ?どっかで聞いたコピー。
まあいい、適当にこじつけただけだから。

と、こんな感じで、神社だって困っちゃうんだ。
だからいまさら言うのも恥ずかしいが、契約更新しないって聞いた時には、どうして?と思わずにはいられなかった。
なにか強力な力が働き、それが市長なのか!と思って納得してしまったんだな。

とは言っても、まだ、契約更新をすると決まったわけではない。
宮司だけの意向で物事が進まない現状があるからだ。
それは、現在は神社の一部となっている“イワマ靴店”跡地、「おやすみ処」が設けてある場所のことだ。

今思えば、あれも「城を中心とした街づくり」の一環だったんだろう。
あれは、みどり課の方針でNPOが運営しているのだが、所有は桜山神社となっている。
あれ?って思うでしょ?
所有は神社で、使ってるのは市。

貸してるのかな?
どういう成り行きでそうなっているのか定かでないけど、自由に使わせくれないと宮司が嘆いていたことがあった。
とまぁ、こういう現状を知っているので、今後の事は本当に分からない。

出来る事と出来ない事があり、それに従うしかないと翻弄させられているのに、それを決めた者だけは自在に運用し活用している。
そんな風に見えるのは、気のせいなんだろうか?



■路上で署名運動します!

まず、それは横に置いといて、来週は路上で署名運動だ。
予定では金曜日、朝8時。
場所は、サンビル前の交差点だっけ?
例によって商店街の法被を羽織ってやりますぞ。
気持ち悪いとか、言ってる人もいるようだが、「白紙撤回」に向けてなり振り構ってる暇はないんだ。

最近は、こう言うのが増えたな〜。
郊外に寝に帰る派(?)としては、出てくるのが苦労だがそんなことは言ってられない。



■テレビ報道(岩手放送、めんこい岩手)

岩手放送、めんこい岩手と特番組んで放送しとりましたね。
めんこいは、地元住人の思いが単なる「立ち退き反対」ではないんだ、と言う切り口だった。

地元住人の気持ちをうまく伝えていたと思う。
パークの鈴木さんにスポット当たってたが、オラホの母親と同世代でリアル当事者。
なんだか、うちもあんな感じだな。
なんだかんだ言って、市との約束を忘れてはいないし、それ相応に振る舞う覚悟がある。

この世代の人たちだけだったら、反対運動もおきなかったかもしれない。
でも、二代目のオラホ世代では、もうすっかり根をおろしてしまっているし、三代目に引き継ぐことも人生設計に入ってしまっている。
50年とは、それだけの時間なんだ、と今更ながら身に染みる思いだ。

一方の岩手放送は、ま、またオラホのワナブル映像使いやがった。
報道は従来路線だったが、やはり少し抑え気味の感じかな。
ところがこの放送、裏番組だったんで録画してしまった。
ちきしょ、忘れかけてたのに、家族全員大爆笑しやがった。
オマエら7キロ歩いて帰れ。

こっちのメインは、吉田屋の女将さんだった。
へ〜、10歳の時からここに住んでるんだ。
知らなかったな。
気持ちは二代目と変わらないかも。
めぐる〜、めぐるよ〜、時代はめぐる〜。


あ〜、どこが短いぞ、だ。
結局、長文駄文しちまった。
画像資料もなにもないのに読んでくれてありがと。














れれ?また靴下が見えないノーブル佐々木です。

先月末に友達が亡くなって、激しく落ち込んでいるここ数日。
何とか気持ちを盛り返さないとな。


■策定委員会

あったみたいですね、策定委員会。
他人事みたいでなんですが、関連する事務があったので今回はパスをした。
気にはなっていたが身は一つだからしようがない。

・岩手日報平成22年11月3日(水)
岩手日報桜山関連101103

以下テキストにしてみた。

平成二十二年11月3日(水曜日)

盛岡市の史跡復元構想

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桜山地区整備案修正へ
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「勘定所」記述見送りも

盛岡市内丸の桜山神社参道地区の史跡復元構想について、市は2日、市内で有識者による史跡盛岡城跡保存管理計画策定委員会(委員長・田中哲雄元東北芸術工科人教授)を開いた。
市側の整備案に委員からは「復元には十分な調査が必要だ」と指摘する意見も。
市は地元の強い反発なども踏まえ、勘定所跡の整備など具体的な記述を見送ることも含め当初計画を修正する考えを明らかにした。


考古学や都市計画などを専門とする委員9人のうち7人が出席。

市は同構想に地元から反対意見が続出していることや「白紙撤回」を求める署名運動が行われていることなどを報告した。

同計画では桜山地区の整備内容(案)として土塁、勘定所跡の整備(ガイダンス等の機能)などと具体的記述が盛り込まれている。

これらの表現について市は「あくまで可能性として挙げた」と説明。

委員からは「史跡の中で復元するには入念に調査した上で案を出すのが当然。その点がまだ不十分だ。具体的に書くのはどうか」との意見が出された。

これに対し、新沼正博市都市整備部長は「今回の表現に地元からかなりの抵抗が出ている。現実的には復元整備までにかなりの時間を要する。具体的に盛り込まずとも『地元との協議を踏まえた整備』などの表現が可能であれば検討したい」と計画の修正に言及した。

また、12月にもパブリックコメントを実施する当初方針について「ある程度の合意形成が図られた時点で行う」(新沼部長)と柔軟な姿勢を強調。

地元側に協議機関への参加を要請していることを明らかにした。

ただ、今回の委員会は盛岡城跡全体の史跡保存や管理、活用に向けた計画に関する有識香会議で、同地区に関する意見は少数。

委員からは反対が多い同地区の整備案を扱うことに「この案をここで決めるのか」といった疑問の声も漏れた。

終了後、田中委員長は「今後どう調整するかは市の課題だ。地元と協調して域を生かし商業地域も活性化する計画ができればいい」と、地元との十分な話し合いを要求した。

新沼部長は「今回の意見を踏まえて計画の書き直しは必要だろう。どういう表現になるかは住民側との協議なども踏まえて検討したい」と述べた。


以上終わり。


どうなんだろう、この記事を見る限りは、反対運動は一定の成果を上げているように見える。
ただ、年度末には何らかの形で終止符を打つつもりなのは、これまでの説明会でも何度か言及しており、この問題を来年度以降に先延ばしする気はないつもりだろう。

そして、新沼氏は「撤回はする」可能性については言及していない。
「最初に『立ち退き』ありき、では同じテーブルにはつけない。」と商店街会長の颯田氏が言う通り、商店街の基本姿勢は、まずは「白紙撤回」だ。
その後の協議次第では、もしかしたら当初の案の通りになる可能性も否定は出来ない。
その辺りは、少なくてもオラホは承知してる。

説明会では「進め方」について「至らないところがあった」という主旨のコメントをしているが、まさにこの点に商店街は反対運動をしている。
また、修正案について言及しているが、いかなるものを出してくるつもりなのか。
もしかして、勘定所内に店舗を移転させる、とか出してくるかも。
そして、指定地域外の店舗はアウト!とか。
こうなると商店街は、残留組と立ち退き組みで分裂するかも。
思う壺ってことか。
ふん、ならないよ。



■どうすればよいのか?

現在の商店街は、公園緑地化するため地目が「緑地」となっている。
現状では、激しくこの規制に反する状況となっているわけだ。
色々な事情があって、この状況が63年も続いてしまった。
この状況下で、現状での存続を願うのは、虫のいい話なのかもしれない。

では、どうすればいいのか?
オラホらは仲間内で、長年この件については議論してきた。
そしていつも立ちふさがるのは、金の問題だ。
この期に及んで、この問題は回避できるものではない。
そこで、それを含みつつ、いくつか案を挙げてみることにする。

1.借地を買い取る。

この間、とある掲示板を見ていたら、オラホらが「ここを買い取ればいいのにぃ」的な書き込みがあった。
お〜、それが可能ならいい案だ。
買い取れるかどうかは、個々の問題にはなるけどね。
ところがどっこい、相手に売る気が微塵もない。
で、この案はこれで却下。
ちなみにオラホのとこは私有地なのだが、立場は借地の住民と何も変わらない事を明記しておこう。

2.商業ビルを作って皆で入居。

10年ほど前は、East21(東大通りで商業ビルに変わったところ)のように、皆で箱物に収まる、という案もあった。
これは、建替え以上の資金が必要となること、史跡指定地に許可が下りないらしい、ということで断念。

そのうち、この町並みが珍しいらしい、と言うことを知ってからは、外観を保持したままの存続を検討するようになった。
しかし、このままでは防災上の問題を残したままになるわけで、どうしたもんかねぇ〜、という空気で現在に至っている。

ここにきて、必ずしも景観に好意的でない市民もいる、と言うことを知るとオラホの自信も揺るぎかけてはいる。
ほとんどヒマラヤシーダの状況と変わらないかも。
なくなったらなくなったで気持ちよくなる、ってわけですね。

あ、何か愚痴っぽいな。
では、話を戻して、どうすればよいのか?

3.住民に条件付で建て替えさせる。

市は、文化庁の補助金をあてにして今回の計画案を作成した。
だから、当然当局の補助金の規定に沿う形でしか案を出せない。
自分たちに金がないのだから、活用できるものは活用する、と言う至って健全な思考だ。

しかし、国の金に頼らなければならないのだろうか?
普通に住民に建て替えさせた方が、税金使わずに済むんじゃないだろうか?
市が外観に規制を設け、一定期間内に改築することを条件として、例えば5年とか、低利の貸付をしてくれたら、5年間で街は生まれ変わる。
これに応じることが出来ない住民は、自分の権利を売るなどして別の道を選択することも出来るようにする。

おお〜完璧!
市と同じように「なんとかしな、あかん!」と言うことを「街が存続する」という前提で考えれば、これくらいしか選択肢はない。
しかも、商業地に変更できなければ、これもアウト。

ん〜、これがオラホの頭の限界点だな。
ということで今日はここまで。





突っ込みフォローして、二重遭難にあったノーブル佐々木です。


動画からのテキスト起こしで、結局昨夜は沈没してしまった。
ブログ毎日更新してる人って心から尊敬する。



■内丸第二町内会&東大通商業振興会、臨時総会


日 時:10月27日(水)午後三時
場 所:桜山神社2階
出席者:51名
【来 賓】
・市議会議員
 高橋司/村田芳三/いせ志穂/千葉長進/庄子春治
 鈴木努/神部伸也 6名
・県会議員
 斉藤信 



市の公式説明会から一週間がたった。
説明会を“ガス抜き”と称した人がいたが、少し分かる気がする。
言いたい事を言った満足感と、それでも何も変わらない閉塞感で思考停止になってしまうんだろうな。
寝不足で頭痛がしてる時なんか、そんな気分になる。
そんなわけで今日の臨時総会は、再び気持ちを前方に向けることができる良いタイミングだと言える。

記録の意味でビデオも回したが、録画ボタンを押し忘れたり、バッテリーが充電不足で交換が途中で入ったり、良い感じではなかった。
ま、今日は市の役人もいないし、署名の回収方法などの説明と思っていたので、重要度は低いと思っていた。
が、これが真逆の結果となった。
悪いニュースだ。



■桜山神社

これまで、過去の説明会で神社の宮司が参列したことはなかった。
疑問に思っていたのは、少数ではない。
“もしかして”という予感はあったが、確かな事は誰も知らない。
それが今日、来賓で宮司と近しい村田芳三市議が明言したことで神社の姿勢が明らかになった。

神社は借地の契約更新はしない

どういう事かと言うと、それはこうだ。
町内には、桜山神社が所有する土地が約3割ある。(下図ピンクの部分)
神社

ここは、神社前の丸安呉服店や居酒屋のちゃんちきを中心とした左右に10軒ほどの幅を持ち、参道の厚生堂薬局、パイカルまでの奥行きを持つほぼ正方形の地域だ。(一部私有地を含む)
契約期間は30年で、後3年(平成25年)で契約更新となる予定だった。
この地域は、厚生市場組合という自治組合の地域と完全に重なる。
厚生市場組合とは、神社から土地を借り受けている住民で構成される組合なのだが、神社とは一般的な賃貸関係以上のものがある。
ここから以降は伝聞なので詳しい年月日などの詳細は知らない、と言う事を断って話を進める。

--------------------------
※やはり、伝聞は伝聞だった模様。何か話を大きく誤解してたみたいなので、この説明部分はお詫びして削除します。ご迷惑おかけして申し訳ない!
--------------------------


そうして、今回の契約打ち切りの話である。
とすると、厚生市場組合地域の店舗は、当然立ち退きと言うことになる。
地主は契約更新の時期を知っていたし、今回の問題もあるので「もしや」という予感はあったかもしれない。
2,3年前にこの件に関する新聞報道もあった。
ある程度アンテナを立てていれば、何らかの動きがあると予想することはできたはずだ。

問題は店子だ。
テナントで入っている経営者は、それこそ青天の霹靂だろう。
市の計画(案)が、計画に格上げするより前に着手する格好になる。
最近入居した店なら、開店資金の回収も終わらぬうちに移転を余儀なくされる事態だ。
契約の折に「契約期間中に移転を余儀なくされる事があります。」と契約書に記載があれば話は別だが。

では、なぜ周辺地域に恩のある神社が、市側に与するような行為に出たのか?
実はこれは説明が簡単だ。
神社の実質的な運営団体「櫻山会」のTOPが盛岡市長だからだ。
この団体、オラホの親なんかは「奉賛会」と言ったりもするので、名称からして不確かで、同じ組織を指しているのかさえも良く分からないのだが。
※「奉賛会」が正解、「桜山会」は町内の敬老会の名称で別組織でした。orz
とにかく市長が最終的な決裁権を持つことは確かなようだ。

これは、旗色悪いぞ…。



■盛岡市長

悪いニュース二つ目。
記憶では、13日の桜山神社での説明会の翌日も新聞報道で、谷藤市長が「反対を押し切ってまでやらない」ようなことを言っていた。
しかし、これは単なるリップサービスだったようだ、って話。

先週末、とある冠婚葬祭に商店街会長颯田氏が出席したおり、盛岡市長が同席したらしい。
場所も場所なので深い話はできなかったようだが、会長は市長に探りを入れた。

「これだけ多くの反対がありますが、ほんとにやる気なの?」

とタメついたのかは知らんが

「やるよ。だって、あんたらあそこどうすんの?」

とか言われたらしい。(かなり意訳)
颯田会長は、市長に対し口にした事は押し通す人、というイメージを持っていたそうだが、図らずも確認した形になったわけだ。
なんだ、そうなんかい。



■来賓の助言

来賓には市議・県議と、今まで町内の総会に出てきたことのない面々がそろった。
ただお飾りのように座っていただくのではもったいない。
と言う事で、臨時総会の最後に彼らからの意見をいただいた。
その中で、注目すべき助言は

ただ「反対」だけでは無意味、「どうしたいか」が重要。

ということ。
これは市長の言葉とも共通する。
しかしオラホらがこれを考えてこなかった、などと言う事はない。
ただ、なんの根拠も拠り所もなく、理想を論じても机上の空論でしかない事は分かっていたので、最小限の実現可能な主張をしてるだけなのだ。
それが、「白紙撤回」と「商業地域の指定」なわけだが、彼らはこの先を論じなければ対抗できない、と言ってる。

求婚してる恋がたきに対し、交際を求めるだけではだめ、ってことだな、つまり。
どうするオラホ、どうする商店街。
期限は半年を切ってるぞ。




マグロ王子と呼ばれたいノーブル佐々木です。

桜山神社での説明会は全てアップした。
これにコメ加えて、今回のセンテンスは取りあえず終わりするつもりだったが、思いのほかテキスト起こしが手間どったので、オラコメ(オラホコメント)は抜き。


■桜山神社参道の将来-3-質疑応答Pt4&Pt5

・「桜山神社参道の将来-3-質疑応答」Pt2とPt3に対する回答前半


・「桜山神社参道の将来-3-質疑応答」Pt2とPt3に対する回答後半と意見


あれ?Pt4がHD動画になってない。
なぜに?
ま、いっか、今更アップしなおす気力はないもんな。
取りあえずテキストに起こしてみよう。


<質問4>
市長は「勘定所」には、土産物販売、飲食など対応できる機能を持たせたいと言っているが、既存の公共施設「おでって」や東大通り商店街を利用すれば良いのでは。わざわざ新しい施設を作る必要はないのではないか。


<回答>
商店街には市と神社の所有区分があり、(賃貸契約)更新時期が迫っている。市は(その時期に合わせて?)土地の貸し借りを含めて、将来この街をどうするか?ということを示したのであり、商店街に住む人々の仕事や生活設計を否定するものではない。これをたたき台として意見をいただき議論していきたい。





<質問5>
我々は、200年300年と言う歴史を持つ史跡の上で生活しているという事は十分認識している。しかし、我々の63年の営みも歴史と言えるのではないか?そしてある物(商店街)を壊し新たに(勘定所などを)建設するということは、(史跡保存という意味においては)疑問を感じざる得ない。


<回答>
現在、毎年1000校に及ぶ修学旅行生が盛岡を訪れていて、その方々は、現在建設が進んでいる歴史資料館などを訪れると思うし、この商店街を訪れるだろう。その機能を更に深められないだろうか?ということが考え方の基本となっている。商店街の63年は確かに歴史である。だからこそ共存を図っていく内容になっている。





<質問6>
全国から「あの桜山がなくなるのか?」という問い合わせが届いているが、整備計画案が観光目的とするなら、現在の商店街をなくすことのメリット・デメリットはきちんと算出されているのか?このような席上での口頭による質問では不十分と思われるので、20項目の質問状を出したいのだが回答はもらえるのか


<回答>
観光、非観光の区分けは定かではないが、そう言ったものを高める趣旨で考えたものである。商店街の経済効果については試算はしていない。このプランにおける効果や損失についても計算はしていない。質問状については提出してもらえれば回答する準備はある。12月からパブリック・コメントを実施し、HP上で回答も含め公開するので、できればそこに質問を寄せてもらえればありがたい




<質問7>
3年前の説明会では、駐車場と東屋を作れば観光客がいっぱい来る、と言っていた。そして今年2月の説明会では、共に良い解決策を考えていこう、と言っていたにもかかわらず、悪意に満ちたアンケートを実施し、(都合のいい)一部のみを公表した。(結果として)商店街の言い分は、民意に反した誤解を受ける可能性がでてきた。それで商店街と共存・共栄と言うのはおかしいのではないか。
またここ数年、商店街を訪れ風景をカメラに収める旅行客が本当に増えてきた。ここがそのように全国的にも珍しい場所になったのは、市の規制によるおかげ、と言う側面を持っている。しかもレプリカではなく本物の昭和の風情を残している。それを壊して関係する数百人の収入と生活を断ち、税収までも減じさせてまで史跡保存をするメリットはあるのか?なぜこの時期を選んだのか?背景に黒いものを感じずにはいられない。(編者注:このプランにより利益を得る者の操作、あるいは指示、の存在を疑っている)


<回答>
3年前の説明会においては、整備の将来像を示したに過ぎない。そこまで(実施あるいは着手すると)は、言っていない。ましてやそれにより経済が活性化する、という事も言っていなかったと記憶している。しかし、観点はどうすれば活性化できるか、と言う事はおっしゃる通り。議論いただくところは議論し、理解いただくことは理解して頂くということ。






<質問8>
過去に(市役所の方々と)一緒に(石垣ミュージックフェスティバルなどを)やってきて、このような計画案を出されて裏切られた感が激しい。人を切ってまで勘定所を作る価値はあるのか?センスのない計画であり、このままでは、盛岡がどんどんつまらなくなっていくのは間違いない。これは桜山だけの問題ではない。未来へ続く子供たちのために、皆で手を取り合って考えていく仕組みを作るきっかけにしないといけないと思う。こんなことは絶対させない。


<回答>
決して、裏切った、などと言う事はない。ここは400年、城を中心として出来上がった街である。これからも活性化のため(イベント開催に)勤めていただきたい。勘定所を作る価値、については「勘定所」と言う(一戸の建造物の)事ではない、と考えている。史跡であったことは紛れもない事実。文化庁にも言われたが、史跡は盛岡市民だけのものじゃなく国の宝であり、国の宝として守るべきものは守る。ただ、桜山地区は(史跡の)第4種の格付け地域であり自由度が効く。その中で地元の魅力をアップさせる仕掛けはできるのではないか、というのが今回の提案につながっている。






<質問9>
私が子供のころにはまだ土塁があり、そこを借りて茶屋を開いていた。昭和33年ごろ、鐘突き堂のある一部を除いて、土塁を崩して壊したのは市である。それをやっといて、復元だ、と(今更)言うのなら、当時の市政はなんだったのか?それを反省した上で行おうとしているのか?そして費用対効果をどうみているのか?壊したものを新規に作り直しても(史跡保存と言う意味で)なんの意味もないのではないか?


<回答>
良い質問だ。昭和34年、ここで現在と同じような話(計画?)をしている。土塁を壊したという事はあるかもしれないが、皆さんが戦後ここに張り付いた時に(編者注:この発言は19日の説明会で陳謝している)街並みも風紀も環境も、かなり乱れそれを改善するために(史跡保存を脇において)ある程度の区画整理をし、住んでもらう約束をした。そして、参道としてふさわしい外観を保ち、奇抜な色や外観は慎んでほしい、という約束もした。更に、後に公園とする時は協力しする、という約束もした。それは個々人というのではなく当時の厚生組合(編者注:町内の神社の土地を借り受けている人々により構成された自治組合)との事だったが、すでに60年を超えようとしている現在、今後どうするかと言う事を話し合っている(という経緯がある)。






<質問10>
史跡整備に充てる予算を、修繕費として希望者に回すことができないのか?また本丸の復元は困難であるというが、勘定所“風”が可能なら本丸“風”があっても良いのではないか?


<回答>
本丸“風”の建物についてはできない。土塁の費用を参道の意匠デザインに充てる件については、(そういう目的では)文化庁からの補助金が出ないのでやはりできないが、別の財源を使い出来るかもしれない。事業仕訳により廃止になってしまったが、統一した景観を整備するための支援を国から得られる可能性はある。







<質問11>
共存・併存の道を探る、と言っているが、市側の言う「和風感のあるイメージ」というものにそぐわなければ、共存・併存はできない、としか聞こえないのだがその辺の見解は?


<回答>
どうせ作るのならば、統一感のある街並みが良い、と考える。昭和34年当時のルールのように、けばけばしい色彩ではなく城周辺にふさわしい色合いデザイン、という内容のようなルールが良いと考える。そぐわなければならない、というものではなく緩いルールになると思っている。





<質問12>
現在この地域は、古くからある既存店と新たに参画してきた若い世代とがうまくいった形で活性化しつつあるのではないかと思う。そういうものを利用して作っていくというのが、歴史を生かした本当の街づくりなのではないか?なぜそのように考えられないのか?史跡の保存というのも、ある程度残存しているというのなら理解できるが、ほとんど失われたものを復元したとして史跡と言えるのか?


<回答>
まず市側の説明のまずさを反省しなければならないが、城を中心とした街づくり計画と言うのを漠然とながら説明してきたし、意見も頂いてきた。そして今回、進め方も一緒にたたき台として提案した。計画については各方面にも図り煮詰めていきたい。進め方については緒に就いたばかり、という認識をしている。それについて説明不足の点、進め方の点について至らないところの意見をいただきたい。





明日から1週間が始まるというのに、休みに夜更かしするノーブル佐々木です。


やっと神社での説明会の動画編集が終わった。
しかし、苦労の割にはこう言う類の動画にHDは、あまり意味がないよなぁ。
観る方だって、なかなか落ちてこなくてうんざりだろう。
だが19日の説明会からもうすぐ1週間。
人の噂が75日なら、残りの賞味期限は69日。
時々かき回して腐らないようにしないと。<いや、ヌカ味噌じゃないし…



■桜山神社参道の将来-3-質疑応答Pt2&3


桜山神社参道の将来-3-質疑応答Pt2



桜山神社参道の将来-3-質疑応答Pt3


今回は、上2つとも質問パートのみ、と言う事で特に解説はなし。
言っておくけど、眠いからじゃない。
断じて、眠いからじゃない。
繰り返すが、眠いからじゃない。
上のまぶたと下のまぶたがくっつきそうで、ものも考えられないし、タイプミスばかりするからだ。<普通これを「寝い」と言う。

ま〜、そゆことで。





あれ?靴下が見えないノーブル佐々木です。


動画編集が追いつかないぞ、どうする?
まてまて、アクセス解析見てもそんなに観てる人なんておらんやん。
そやそや、じっくりやってこ。

以上、心の声抜粋。


■質疑・応答

19日の説明会が終わって2日目だけど、13日の動画編集が半分くらい終わったところ。
全部終わるころには、事が終わってるかもしれない。
う、また気分盛り下がりそう…。




よし、戻った。
ということで今回は、質疑応答のパート1だ。

◇質疑応答のパート1


質問・意見は3つ、市はこれにまとめて回答している。
どうしよう、1個ずつ取り上げるか・・・。
後のことを思うと、気が遠くなる思いだが、いけるとこまでは行ってみよう。

<質問1>
勘定所の歴史には、明るい部分だけでなく暗く重たい部分もある、これらの事をふまえて、勘定所を整備する覚悟はあるのか?(こんな感じ)


<回答>
復元をするというわけではない。“案”であり決定したわけでないので、今後とも検討を重ねていく。


質問2
整備のa-目的、b-時期、c-原資は?
d-史跡レベルの高いほうから始めた方がよいのでは?


回答
a
史跡、生活の場、特殊な商業地域という三者の違った面を共存させ、地域の人々が法律的建築制限の中でどうやって、修改築が出来るようにするかを考慮した。
b
時期については来年再来年に基本計画・設計がなされ、総合計画として予算が組み込まれ、具体的な整備事業に取り掛かる、というプロセスを踏むが、その間にはある程度の時間がかかる(氏の言葉では「ある程度の“間”がある」)。
c
原資は文化庁の補助金と市の総合計画予算枠から。
d
復元ができるに足りる資料がない。


質問3
地元と(史跡)の共存と言う事でこの計画が作られたというが、なぜ「立退き」ありきで立案されたのか?
去年から市と一枚岩で市街地を盛り上げようと努力してきたのではなかったか?


<回答>
一見、立退きと共存は相反するものかもいれないが、ここが居住と商業機能の場であることは評価している。
一方で史跡、都市公園の場でもあることも打ち消すことはできない。
市は、将来に不安を持ってここに生活する方々へ、何らかの回答しなければならない。
決して早急に立退きという事態にはならない、という事を理解してほしい。



■都市整備部部長 新沼氏

あらためて動画で彼を見ていると、柔和で冷静でおごらず、説得力のある話ぶりに感心してしまう。
声のトーンも変わることなく、噛むこともほとんどない。
台本がどこかにあるのではないか、と家宅捜査したくなるほどだ。
オラホらは、そんな彼をリーダーとするみどり課を相手に、自らの主張を訴え続けるしかない。
悲壮感漂うな〜。

ぶるるるる、おっといけねぇや、弱音吐いちまったい。
彼らは行政の王道を胸張って歩いているつもりかもしれないが、その道は庶民の歩く道路じゃないぞ。
庶民をなめるなよ!<なんのこっちゃ


■涙の訴え

それにしてもオラホのみっともないこと… orz ヘコム〜
「涙の訴え」とTVは報道した。
で、ハイビジョン、薄型の大型テレビいっぱいに映ったのは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、しまりのない唇をわなわな震わせたオラホのドアップ。
ちきしょう!
今度こそ痩せてやる!(そ、そっち?)

ま、自分で自分を撮らなかったことがせめてもの慰め。
言ってることも支離滅裂で、もう穴があったら入れてみたい。<こら!
もっとも泣きながら冷静に話す奴なんて見たことないが。
良い機会だから、何を言いたかったのかこの際書き込んでおこう。



実はと〜ても不思議に思っていたことがあった。
前年(2009)の春から今年にかけて、市の商工課と「桜山オープンカフェ」とか「雪見カフェ」を二人三脚で開催してきた。
きっかけは、市の商工課からの呼びかけ。

最初からノリノリだったかと言うと、ん〜…、どうでしょう?(長嶋風)
と言う感じだった。
今までになかったことでもあり、正直困惑した。
それもそうだろう、東大通り商店街は、100店ほどの飲食店が主体の小規模店舗街。
一人営業か家族経営の店も多い。
なので勿論、専業の事務方もいなければ事務所なんぞあるわけがない。
役員は皆本業との掛け持ちで何とか運営している状態なのだ。
やりきる自信なんてない。
困惑して当然というものだろう。

はたしてどこまでやれるのか、と役員の額に書いてあったくらいだ。(嘘はやめろ!)
しかしここで商工課が奮闘してくれた。
まるで専業の事務局長のごとき働きっぷりを見せてくれた。
しかも楽しそうだぞ、こいつらぁ。

後にこれが「市街地活性化計画」の一環だと知ったが、それがなんだ。
こんなに楽しそうに仕事してるやつらを見て、楽しくならない奴なんていない。
お役所も楽しい事するんだ。
そうオラホは思った。(非常に単純なお脳の持ち主と言いたい奴は言うがいい)
わずか一年半だが、市と商店街とは固い絆を育んできたのだ。
付け加えればそんな連携の中で、間接的だが「公園みどり課」との接点もあった。

その一方で、桜山神社参道地区の将来に関する説明会も進行していた。
こちらはみどり課が主体だが、オラホらにとっては盛岡市の側面に過ぎない。
頭はひとつなのだから、考えることは同じはず。
だから10月に出された計画案が、「商店街立退き」「勘定所風&土塁らしきものの整備」だなんて、あの商工課の親組織である市役所の案だなんてとても信じることができなかった。

そう、不思議だったこと。
どうして固い絆で結ばれたはずの彼らの脳裏に商店街の“存続”でなく“立退き”が浮かんだのか。
普通の人間の発想なら、浮かぶはずがないじゃないか。
そしてマイクを持ったあのとき、そんな思いがこみ上げて来て

「裏切られた気持ち」

と思わず口から出てしまったのだ。
“縦割り行政”と言われる意味が今なら身に染みてよくわかる。
しかし、わかったから、と言ってどうにかなるものでもない。
だから、みどり課にしたって、裏切りもの扱いしたってポカ〜ンだろう。
いや、そうでもないか。
どっかの引き出しにしまって鍵かけてる、くらいの意識はあるかも。
その根拠について述べてみよう。



■みどり課の過ち

みどり課の過ちは明白だ。
新沼氏はそれを

「説明不足」

という表現で煙に巻いている。
市は、説明会と称する会を4回ぐらい開いている。
そしてその度に

「地域住民の皆さんと協議して…」

と言い続けてきた。
しかし、質疑は受け付けてきたが、協議は一度も行われなかった。

「では、それを盛り込みましょう。」

なんて一度も言っていない。
いや、

「そう言ったことも踏まえて計画案を…」

くらいは言ってたな。
そして、そのまま全体会議に計画案を提出し了承され、それは当然そこに居合わせたマスコミの知ることとなり、世間一般に報道された。
一般に流されてしまうと、それはもうオラホらにとっては決定されたも同然だ。
市の、みどり課の過ちとは、公表前に商店街と協議を持たなかったこと、その一点に尽きる。


■「案」だったら良いのか?

「『案』ですから、決まったわけではありません。」

新沼氏は、何度このフレーズを口にしたか。
曲をつけたら間違いなくサビのパートだ。
しかし、それがたとえ「案」だとしても、その影響は測りしえない。
思いつくままそれを箇条書きにしてみよう。


この商店街に出店した若い経営者たちの機運が下がり、今後開催が予定されているイベントの協力体制が崩れ、遂には途絶える。


商店街の将来を見限ってこの商店街を出ていく経営者が現れ、後に入る店舗もなく空き店舗が目立つようになる。


店子がいなくなり家主の収入源が途絶え、売却を考えるようになるが、買い手がつかないため、市に二足三文で売るしかなくなる。


上記の経過により、店舗が激減した商店街には、人影もまばらにになり私有地で営業を続けている経営者も次第に困窮してくる。


ある程度の修改築は認められても、将来取り壊しが決まっている建物に誰も着手しようとはせず、建物が更に荒れていく。


あ〜ら、何と明るい未来予想図。
おじさん、またここで泣きそうよ。
さて、これが杞憂で終わると新沼氏は言いきれるだろうか?
「案」がなくなって実質計画に格上げされれば、もう後は市がほっといてもこの商店街は消滅するだろう。
今までのように、市役所と地元商店街の人だけが知っている内緒話じゃない。
計画だけ作ってまたこの先60年ほっておく事なんかできないだろう。

“白紙撤回”

これだけが、いまこの商店街が生き残る道であることが、お分かりいただけただろうか。









乾燥したらビーフジャーキーと呼ばれるかもしれないノーブル佐々木です。


盛岡市の「桜山神社参道の将来像ついて」公式説明会、ん?何回目だろ?4回目くらいかな、が盛岡市の8階ホールで行われた。
これまでもそうだったように、今回も午後3時と7時の2回開催、ダブルヘッダーだが、今まで両方出たことはなかった。
しかし、今回は市のサクラの仕込みを警戒する意味で、2回とも出る運びになった。
もっとも一般市民の方々が多数来場して、そんな心配は無駄に終わったのだけど、念には念を入れたわけだ。

来場者数は、どれくらいいたのだろうか?
数えていなかったので雰囲気だけなのだが、一回目は200名くらい、二回目はそれを下回ったと言えそれでも100名以上はいたような気がする。
盛岡市民の関心の高さがうかがえる現象だ。
あ〜ウレシ!
そして感謝!
「ありがとう」×人数×2回。


■史跡

しかし質疑のシーケンス動画をどうしようか…。
5時間分くらいある。
ま、それは追々考えることにして、取りあえず今日のことを上げておこう。
今日は、面白かったぞ、とてつもなく疲れたけど。
それだけの価値がある討議だった。
こう言う言い方は不謹慎かな?

オラホには、そこそこの突っ込みポイントしか上げられなかったが、いろんな見地から発言する人がいて勉強させてもらった。
特に印象的だったのは、史跡指定地域の解除、または縮小という概念。
どうも年取ると頭が固くなっていて、大元の設定(この場合は“史跡指定”という設定)は覆らない、と思い込んでいた。

法律みたいなもので、その範疇でしか思考できなくなっていた。
いままで史跡の定義と言うものを、考えたことすらないもんな。
何と言ってもオラホが生まれた時から、我が家は史跡の上にあったんだからしようがない。
で、その概念とはこうだ。

1.史跡を指定するに当たり、それ相応の学術的・文化的価値がなければならない、しかも保存状態が良好である必要がある。

2・では、桜山神社参道地区はそれに該当するのか。


ちなみに文化庁のHPで「文化財の保護」と題した次のようなページがある。
文化庁、史跡指定に関する頁
リンク先

この中で史跡の「選択の基準」として次のように謳っている。

ア  我が国の近代史を理解する上で欠くことのできない遺跡であって,国として保護する必要のあるものであること。

イ  遺跡が歴史上の重要性をよく示しており,学術上価値の高いものであること。


盛岡城、ということで考えれば、歴史上の重要性、学術的価値がどれほどかオラホの浅い知識で判断するのはあまりの暴挙、と思うところはあるが、残した方がよい、という判断に反対する人は、まずいないだろう。
問題は次の「3.選択の際の考慮要件」、つまり選択基準と言うか条件だな。
ここには5つ要件を謳ってるが、ポイントになるのは以下の2つ。


イ  同種の遺跡が複数ある場合には,全国的見地から注目すべきものであること。また,その場合,当該歴史事象に関係する資料等の保存状況についても,勘案するものとする。

ウ  当該遺跡が歴史的に重要で保護を要するものであるという点について相当の評価が定まっており,国民的理解が得られやすいものであること。


盛岡城、という括りでは、まぁ〜そうかなぁ、と思えるが、桜山地区界隈の第4種地域に限定すると、すでに保存すべきものの大半がない。(というかほとんどない)
この地域の当時の資料も、図面以外ほとんどない。(探せばあるだろうけど、市は持っていない)
とても国民的理解が得られるとは思えない、ような気がするのだが。

逆に、指定地域を縮小する方にこそ理解が得られるようにすら思えてくる。
だって史跡の維持には、それ相応の経費がかかるはずなのだから。
事業仕訳、これが入ったら絶対廃止(解除)にされると思うけどなぁ。


■アンケート

な〜ぜか、市の説明ではこの辺は毎回ほとんど省略される。
新聞で“疑惑のアンケート”として報道されたせいなのかな。
「恣意的で悪意を感じる。」
と言った方がおられたが、整備部部長は特に設問文には触れず、軽く否定していた。
しかし、今や社会(少なくてもネットの中では)に広く、アンケートなるものが如何様にも回答を誘導できるということが知れ渡っている。
今やこの手法で世間を欺くことはできない、と言ってもいい。
だから、オラホも全然気にはしていなかった。

しかし、これを添付資料として計画案に貼り付け、国に上程したらどうだろう。
動機は補助金めあてだ。
世間は欺けなくても、国家公務員は欺けるかもしれない。
というか、地元同意の計画という添付資料として、義務付けられてたりして。
おっと、いかんいかん邪推してしまった。


■熱い市民

こんなにもこの地域を大事に思っている人々がいる、と感じたのは初めてかもしれない。
しかも地元住民より温度が高いじゃないか。
数値にすれば、20℃くらい。
ただ、市の職員を罵倒するような発言は聞いていて肝が冷える。
あらら、そこまで言っちゃったか〜、って感じ。

勿論地元民もそれ相応の不信感を抱いているのは事実なのだが、市のベクトルとそれほど違いはない、とも思っている。
ただ、ほんのちょっとの違いで落とし所が全然違うんだけどね。
だから市がかたくなな態度に出るような事態には追い込みたくはない。

それと60年間ほったらかしといて怠慢だ!と言った方は地元民ではあったが、彼ら市の職員が粛々と業務を全うしていたら、オラホらは今、あの地にはいなかった可能性が高い。
たぶん市の職員もその辺は認識しているんじゃないかな。
言わないもの、その件について。
良い方に取ってる、と言われればそれまでだけどね。


■今後

これだけ反対意見一色で、市はどんな対応をするのだろうか?
気持ちは、文化庁、地元住民、盛岡市民どこにも良い顔したいとこだろうけど、このままでは無理だろう。
策定委員会に地元代表を入れなかったり、説明はしても協議の場を設けなかったりと、官主体で事を運びすぎた。
そのツケを今払っているわけだ。

もしこのまま中央突破するつもりなら、もう誰も無傷ではいられないだろう。
そして誰が一番重傷を負うかというと、大概は真ん中にいる人、と言うことになるじゃないかな、普通。






睡眠は不足していても食欲は過剰気味なノーブル佐々木です。

う〜、動画編集に二日かかった。orz
これ以上かかると鮮度が落ちるので、市の整備部みどり課の説明でいったんアップすることにした
ま、だらだら映像流すだけなら、すぐに出来たんだけど、なんて言うのか人間ができてる、っていうの?
キャプションを付けちゃったりしてみた。

初めてのHD動画編集だったけど、レンダリングにすごい時間がかかった。
HDDが1GBくらいしかなかった時代を思い出しちゃったよ。
それにAVCHDを直接編集できないため、前処理にHDVに変換するのに一晩かかったのもしんどかった。
しかも、この編集ソフトがナスのヘタみたいに…(略)



■「桜山神社参道地区の将来像について」説明討論会

・開催にあたってのあいさつ


東大通り商業振興会会長 颯田氏(さつた)と内丸第二町内会の川村氏のあいさつです。
取りあえずプロローグ。
以下が本番。

市の資料はこちら→PDF


・盛岡市整備部みどり課の説明1



お気づきだろうか?
これまでも何度か強調してきたが、市は勘定所を復元するなどとは言っていない。
土塁などについては、言ってしまってる部分もあるようだが、「2mの土塁を復元したら、閉鎖された空間を作ってしまう」と言ってるように、それらしきものを作る、どまりである。
メディアは面倒くさがってか故意か分からないが、テレビ・新聞・ラジオすべてが「復元」と言っている。
しかし、氏の説明で勘定所に限定すれば、一言も「復元」とは言っていない。


「整備」


と言っている。
整備と復元とは意味も意義も意気(?)も違う。
その言葉の前に「当時の城郭の規模を連想させるような」と付け加えているように、復元などではない。
よって、意義も学術的な意味合いではなく、良く言って観光客へ利便性の向上、悪く言えば〜…ええ…思い当たらない。orz〜ナサケナイ
まぁいい、出ないときもあるさ。

ただ、この間違った表現をのさばらせると、まるで桜山地区の住人たちが貴重な文化的建造物の復元を、私利私欲で妨害しているような印象を与えかねない。
手打ち風うどんは、いくら見た目が手打ちでも手製ではなく機械製なのだ。



・盛岡市整備部みどり課の説明2



こちらの突っ込みは、勘定所(風建物)や土塁(みたいなの)にかぶる指定地域以外は、残すような言い方をしているところ。
私有地の部分だ。
オラホのお店はその地域に当たる。
どうだろう、そんなことがあるのだろうか。

たぶん、市の計画案通りに勘定所や土塁ができれば、商店街の少なくとも半分は無くなる。
そうなった時、残りの店が生き残っていけるだろうか。
しかも、懸念はほかにもある。

ここ10年で文化庁の考え方も変わってきている、と言うことを、30年後か50年後には「良い方に変わる」という可能性で語っている部分があるが、同じくらい「悪い方に変わる」可能性だってある。
その時「やっぱり立ち退いてくれる?」と言いださないとは限らない。
もひとつ厄介なのは、住民の気持ちが揺れ動いてしまうこともある。
オラホですら、

「あれ?オラホのとこは指定外ジャン。」

って一瞬思ってしまったじゃないか。
このことは皆に内緒にしなければならない。



■しかし

オラホは甘々のアマちゃんだから、彼ら市の職員を鬼のように思うことはできない。
できそうにない。
この商店街を支えてきてくれた人々でもあるからだ。
だから怒りではなく悲しみを強く感じる。
これはオラホよりも飲食店関係の方が強く感じているかもしれない。
いずれ、大なり小なり皆同様の思いを抱いているのだと思う。

もっとも、そんな気持ちを察してためらうようなら、それはそれで馴れ合いと批判されるだろう。
市の職員がどう思っているのか、興味深いところではあるが、それで何かが変わるわけでもない。
とどのつまりは、市に温情を求めるよりも、ここに第4種史跡区域以上の価値があると訴えていかなければならない

そう巨人の星に誓うノーブル佐々木であった。