2017/10

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母親に「臭い」と言い放たれたノーブル佐々木です。


たぶん「おたふく風邪」最終回。




■平熱になる



入院4日目となり、高熱が引き潮のように去っていった。
点滴、尿瓶の音、食事、看護婦さんとのやりとり全てが慣れてきた。
とは言っても、「入院4日目」なんて「転校4日目」とさして変わりはしない。
看護婦さんとため口もきけないし、同室の面々と親交も深めるには日が浅すぎる。
いや病状の深刻さから、とてもオラホのような境遇では同等に声はかけられない、と言った方がいいだろう。
そうは言っても持て余す29歳のエネルギーは、出て行く先を捜し求めて病室をフワフワさ迷っていた。

しかし同室の悩ましいギルの笛の音は、初日に比べれば減少したが、あいかわらずであった。
特にお向かいさんの「ア、デンキ」は留まるところを知らない。
しかも昼は熟睡するので必然的に夜間活発に活動する。
おかげでこちらも昼に熟睡する生活パターンが染み付いてしまった。

そうした入院生活は股間の鈍痛さえなければ通常の生活となんら変わるところがない。
退院を待つばかりだ。
ちなみに言い忘れていたが、当初入院は「2週間ぐらいの入院ですね。」と言われていた。
たとえ症状がなくなっても、キャリアとしてまだ十分に感染力を保持し続けるのだそうだ。
それがなぜ1週間に短縮されたのか、最終回をこの話で締めたいと思う。



■担当医

考えてみればオラホの担当医を紹介していないことを今更のように思い出してしまった。
そうだ、どんな病気でも入院すれば担当医がつくはずなのに、なぜかこれまで彼について言及することがなかった。
その理由は簡単で単にネタがなかったということ。

初日に紹介されたのはなんとなく覚えている。
30歳前のけっこういい男だったような気がする。
ん〜、これだけでもうネタにはならない。
彼の努力次第ではいじってやっても良かったのだが、医術の腕は磨いてもトークは磨いてこなかったんだろう。
もっとも向こうにしてみれば、こんな言い方をされるのも心外だろうと思う。
そんな彼の院内での立ち位置がいかほどのものか知らないが、本人からすればこんな安い病人あてがわれてテンション上がるわけがない。
お気の毒様と言うしかない。




■財前教授の御回診

6日目の朝のことだった。
朝食を終えてまったりしているオラホのところへ看護婦さんがやってきてこうののたまわった。


「今日は部長先生の回診がありますので、あとで準備しますからね。」


ほぇ?部長先生の回診?
おおお〜、あの「白い巨塔」でやってた「財前教授の回診です!」ってやつか。
大名行列のように何人もの医師を引き連れて患者を診て回るおなじみのシーンだ。
週一くらいの頻度でやるのだろうか。
と自分がまな板の鯉であることもしらないオラホは久々にテンションが上がるのを感じた。

んで、「準備」って言ったが、何を準備するんだろう。
土下座?
んなこたぁ〜ない。
お、タモリが出てきたぞ。
実にウキウキウォッチングな時間となりそうだ。
廊下の方から頻繁にパタパタと小走りの音が響いてくる。
看護婦さんらもいつもより緊張の度合いが違うようだ。
そうしているうちに先程の看護婦さんがやってきた。


「そろそろですよ。」


そう言うと寝ているオラホの掛け布団を足元までよせて、パジャマの上着を胸元近くまでたくし上げた。


「え?どうすんですか?」


などとこんな時はなかなか言えないものだ。
されるがままになるしかない。
すると今度はパジャマのズボンのゴムが入っている腰周りに手をかける。
反射的に腰を浮かしたその刹那、看護婦さんはヒザまで一気に下ろした。


「あ〜れ〜、御無体な〜!」


時代と性別が違ったらこう言っていただろう。
朝とはいえ夏の日差しにさらされたヒョウ柄のビキニパンツが少しまぶしそうだった。
しかし看護婦さんはそれについては一切触れない。
たとえナース・ステーションでお茶菓子代わりのネタにしていても、本人の前では決して触れようとしないだろうと思った。
朝のシフトチェンジの時に


「佐々木さんのヒョウ柄ビキニには触れないように。」


と申し送りしているに違いない。
なんとも職務に忠実な天使たちだ。
む、しかしこれは少しハンズだぞ。(“恥ずかしい”の意)
これから何人かの医者の卵にこれを披露することになるのだ。
彼らが昼食をする際には


「ほら、あのヒョウ柄ビキニの患者の佐々木さん…」


ってオラホのことをハワイのワイキキビーチにいる異常者のように呼ぶのだ。
これが悪夢でなくてなんだろう。
しかもオラホの店は病院から数百メートルしか離れていない。
そのうち退院したオラホと桜山神社参道ですれ違うことだってあるはずだ。
そいつはきっと同僚に


「あ〜、そういえば今日あの人とすれ違ったよ。え〜と、なんてったかなあ、あのヒョウ柄ビキニ。」


「豹柄美木仁」という名の人物として報告するかもしれない。
そしていつしかそれが病院中に広まり、町でおらほが病院関係者とすれ違うたびに後ろで


「ほら、あれが豹柄の…」


と、囁かれるようになるのだ。
まずい、まずすぎる。
食ったことはないが餃子のパフェを食うくらいまずすぎるぞ。
まてよ。
そうじゃなかったはずだ。
このヒョウ柄ビキニをはくと決めたとき、オラホは何を考えてた?


「このパンツはおいしい!」


そう思ったんじゃなかったのか?
そうだ、そのはずだ。
そのはずだったんだ。
初心に立ち返れ、立ち返るんだ、オラホ!
ぶれるんじゃない。
これこそがオラホの狙っていた瞬間だったのではないか。
打ち込むオラホが嫌気がさすほどその気になれる、そんなノーブル佐々木だった。



■部長先生現る


ついに財前教授が弟子たちを引き連れ病室に現れた。
引率されるように入ってきた弟子達は12人もいた。
12人か結構多いな。
「キリストかよ!」と小さく突っ込んでみる。
一番奥のオラホは順番では最後になるだろう。
それまでしばらく彼らの様子を観察することにした。

最初はお隣の老婦人だ。
こちらに背を向けた担当とおぼしき医師がなにやら喋っている。
経過を報告しているようだが、よくは聞こえない。
と言うより声が小さい。
ま、人の病状を周囲に聞こえるように大声で言うのもどうかと思うが、にしても小さい。
必然的に周囲には静かでピンと張りつめた空気が漂い始める。
なるほど、ここは病院であるとともに大学なんだな、と思った。
お向かいさんでも同じ。
こんなに近いのに何を言っているのか聞こえてこない。
部長先生が何かを言ってるようだがそれも同様だった。

と、彼が喋り終えると集団が動いた。
いよいよオラホの番らしい。
彼らはぐるっとオラホのベットを中心として半径2mほどの円陣を組んだ。
ふと気がつくといつの間にか傍らに看護婦さんが立っている。
違和感のない存在にまったくノーマークだった。
なぜ彼女が?
その疑問はすぐに解けた。
彼女はオラホに囁くように言った。


「じゃ、降ろしますね。」


え?降ろしちゃうの?
彼女はためらうことなくヒョウ柄ビキニを膝まで一気におろした。


ズルッ!


ビョ〜ン!


ピッタンコ!



どことなく「ど根性ガエル」のオープニングを連想させるが、分かりやすく擬音で表現するとこんな感じだ。
腰を浮かせて協力してしまうオラホがあまりに哀れだ。
あらためて形容するのは心苦しいが、オラホのアレは左太ももの付け根に真夏の猫のようにぐったりしていた。
ついでにオラホも死んだふりをしようか、とも思ったが、病院ではシャレにならないからやらない。

これではネタにもなりはしない。
こんなもの彼らは一日に何本も見ているに違いないからだ。
オラホの担当医は足元あたりにいて、部長先生はオラホの枕元あたりにいた。
丁度オラホのキャンタマを基点とし対面となるフォーメーションだ。


「抗生剤の投与により流行性耳下腺炎による熱も下がって…」


こんな調子だったろうか。
素人のオラホにとっても分かりやすいプレゼンだった。
しかし師匠と12人の弟子に囲まれ、下半身を露わにしたオラホの憔悴しきった様子など誰も気づきはしない。
いや、気づこうともしない。
山積する現代医学の課題を目の当たりにしているようでもあり、そんな社会の縮図がここに再現されているようでもある。
打ち込んでいて自分でも何を言いたいのか意味がわからないが、取りあえず今なら「バン記者」にこの現状をリークするところだ。


「以上です。」



へ?もう終わった?
ふん、そんなもんだろう。
オラホだったら原稿用紙10枚分の詩にして朗読しているところだ。
だがこの状況で詩の朗読でもされたら下半身露出に対する羞恥心が消えてしまいそうなので、ここは「グッ!ジョブ!」と賛辞を送ろう。
きっと彼は今頃部長先生にでもなっているに違いない。
さて次は部長先生の出番である。
担当医も彼の評価を知りたいことだろう。


「そろそろ … なので … してしまいなさい。」


「はぁ?聞こえないんですけどぉ。」


って耳に手を当てて言いたくなるほど聞こえない。
耳までおたふくに侵されてしまったのか、と思うほど聞こえない。
だってそうだろう。
部長先生は2m先とは言えオラホの枕元にいるのだ。
そんなオラホが聞こえないほどなのだから足元にいる担当医が聞こえるわけがない。


「は?」


担当医は少し前のめりになって言った。
そうだろう、当然そう来るだろう。
耳に手を当てて語尾を伸ばせばオラホが満点をあげてもいいぞ。
それに呼応し部長先生は再び繰り返したようだった。


「そろそろ … なので … してしまいなさい。」


またも聞こえない。
なんだ?もしかしてこれはテレパシーで直接心に話しかけているのか?
と思うほどだった。
しかし当の担当医はくじけず勇気を持って言った。


「は?」


幾分か腰の角度が前回より増していたようだった。
んん〜、やはり手の位置と語尾がいまいちだ。
だがなかなかの度胸じゃないか。
よくやっているぞ担当。
しかしだ。
もしこの後聴き取れなかったらどうする?
この張りつめた空気の中、三度聴き返す勇気が彼にあるのだろうか?
ところがこの危惧は結局は老婆心に終わることになる。


「だ〜か〜ら〜、そろそろ夏休み時期に入るしぃ、子供が大勢病院に来るようになるから退院させてしまいなさい。」


「はぁ?」


今度はオラホの番だった。




■退院決まる

部長先生の回診の後、担当医がやってきて翌日退院という告知をされた。
オラホはあまりの急展開に戸惑いつつも歓迎しないわけにはいかなかった。
とにもかくにも家のことが気になって仕様がなかったからだ。
この場合の家とはオラホの場合当然「職場」と同義でもある。
年齢的にも肉体的にも精神的にも、ここに留まる必然を感じていなかった。
まだ股間に痛みはあったが、当初ほどではない。
この調子なら二,三日すれば完治するだろうという点においては疑問の余地がない。

即、病棟のエレベーター脇にある公衆電話でこのことを家に連絡した。
ちなみにこの当時、当然携帯電話はない。
電話に出たのが嫁だったか母親だったか記憶にないが


「あら、そう、早いのねぇ。」


と、こちらのテンションほどには盛り上がらない。
え?オラホってそんなもん?
急にオラホの立ち位置に不安を感じる。
まぁ、気のせいだろう。
気のせいに違いない。
ほらほら、そう思ったらドンドンそんな気がしてくるぞ。
オラホはこの闘病生活でセルフ・マインド・コントロールを会得したようだった。




■後日談

翌日退院し、七日間、実質六日間の闘病生活に別れを告げ、仕事と乳飲み子を含めた三人の子供と母親、そして一人の妻の待つ家庭にオラホは復帰した。
そしてネタてんこ盛りで手より口が動く方が忙しい日々の中で、数日もすると入院していたことすらうっすら記憶から薄れはじめかけていた。
そんなとき予想もしていなかった事態にオラホは愕然とした。


二番目の娘がおたふく風邪にかかった。



そうだった。
感染力は二週間続くと医者は言っていた。
しかもおたふくの予防接種を受ける直前というタイミングの悪さだった。
もっともオラホのような高熱になることはなく、合併症をわずらうでもなく無事に完治し特筆するようなネタの類はなにもない。
むしろ懐かしい思い出と言えなくもないくらいだ。
それでも


子供におたふくを感染してしてしまった親



と言う十字架を背負うことになった思いは、今もオラホを切ない気持にさせる。
子供におたふく風邪を感染した親はこの日本で一体どれくらいいるのだろうか。
もしいるのなら「おたふくを子供に感染した親の会」でも作ったらどうだろう。
いいネタになると思うのだが。







「おたふく風邪」完。











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