2017/03

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乾燥したらビーフジャーキーと呼ばれるかもしれないノーブル佐々木です。


盛岡市の「桜山神社参道の将来像ついて」公式説明会、ん?何回目だろ?4回目くらいかな、が盛岡市の8階ホールで行われた。
これまでもそうだったように、今回も午後3時と7時の2回開催、ダブルヘッダーだが、今まで両方出たことはなかった。
しかし、今回は市のサクラの仕込みを警戒する意味で、2回とも出る運びになった。
もっとも一般市民の方々が多数来場して、そんな心配は無駄に終わったのだけど、念には念を入れたわけだ。

来場者数は、どれくらいいたのだろうか?
数えていなかったので雰囲気だけなのだが、一回目は200名くらい、二回目はそれを下回ったと言えそれでも100名以上はいたような気がする。
盛岡市民の関心の高さがうかがえる現象だ。
あ〜ウレシ!
そして感謝!
「ありがとう」×人数×2回。


■史跡

しかし質疑のシーケンス動画をどうしようか…。
5時間分くらいある。
ま、それは追々考えることにして、取りあえず今日のことを上げておこう。
今日は、面白かったぞ、とてつもなく疲れたけど。
それだけの価値がある討議だった。
こう言う言い方は不謹慎かな?

オラホには、そこそこの突っ込みポイントしか上げられなかったが、いろんな見地から発言する人がいて勉強させてもらった。
特に印象的だったのは、史跡指定地域の解除、または縮小という概念。
どうも年取ると頭が固くなっていて、大元の設定(この場合は“史跡指定”という設定)は覆らない、と思い込んでいた。

法律みたいなもので、その範疇でしか思考できなくなっていた。
いままで史跡の定義と言うものを、考えたことすらないもんな。
何と言ってもオラホが生まれた時から、我が家は史跡の上にあったんだからしようがない。
で、その概念とはこうだ。

1.史跡を指定するに当たり、それ相応の学術的・文化的価値がなければならない、しかも保存状態が良好である必要がある。

2・では、桜山神社参道地区はそれに該当するのか。


ちなみに文化庁のHPで「文化財の保護」と題した次のようなページがある。
文化庁、史跡指定に関する頁
リンク先

この中で史跡の「選択の基準」として次のように謳っている。

ア  我が国の近代史を理解する上で欠くことのできない遺跡であって,国として保護する必要のあるものであること。

イ  遺跡が歴史上の重要性をよく示しており,学術上価値の高いものであること。


盛岡城、ということで考えれば、歴史上の重要性、学術的価値がどれほどかオラホの浅い知識で判断するのはあまりの暴挙、と思うところはあるが、残した方がよい、という判断に反対する人は、まずいないだろう。
問題は次の「3.選択の際の考慮要件」、つまり選択基準と言うか条件だな。
ここには5つ要件を謳ってるが、ポイントになるのは以下の2つ。


イ  同種の遺跡が複数ある場合には,全国的見地から注目すべきものであること。また,その場合,当該歴史事象に関係する資料等の保存状況についても,勘案するものとする。

ウ  当該遺跡が歴史的に重要で保護を要するものであるという点について相当の評価が定まっており,国民的理解が得られやすいものであること。


盛岡城、という括りでは、まぁ〜そうかなぁ、と思えるが、桜山地区界隈の第4種地域に限定すると、すでに保存すべきものの大半がない。(というかほとんどない)
この地域の当時の資料も、図面以外ほとんどない。(探せばあるだろうけど、市は持っていない)
とても国民的理解が得られるとは思えない、ような気がするのだが。

逆に、指定地域を縮小する方にこそ理解が得られるようにすら思えてくる。
だって史跡の維持には、それ相応の経費がかかるはずなのだから。
事業仕訳、これが入ったら絶対廃止(解除)にされると思うけどなぁ。


■アンケート

な〜ぜか、市の説明ではこの辺は毎回ほとんど省略される。
新聞で“疑惑のアンケート”として報道されたせいなのかな。
「恣意的で悪意を感じる。」
と言った方がおられたが、整備部部長は特に設問文には触れず、軽く否定していた。
しかし、今や社会(少なくてもネットの中では)に広く、アンケートなるものが如何様にも回答を誘導できるということが知れ渡っている。
今やこの手法で世間を欺くことはできない、と言ってもいい。
だから、オラホも全然気にはしていなかった。

しかし、これを添付資料として計画案に貼り付け、国に上程したらどうだろう。
動機は補助金めあてだ。
世間は欺けなくても、国家公務員は欺けるかもしれない。
というか、地元同意の計画という添付資料として、義務付けられてたりして。
おっと、いかんいかん邪推してしまった。


■熱い市民

こんなにもこの地域を大事に思っている人々がいる、と感じたのは初めてかもしれない。
しかも地元住民より温度が高いじゃないか。
数値にすれば、20℃くらい。
ただ、市の職員を罵倒するような発言は聞いていて肝が冷える。
あらら、そこまで言っちゃったか〜、って感じ。

勿論地元民もそれ相応の不信感を抱いているのは事実なのだが、市のベクトルとそれほど違いはない、とも思っている。
ただ、ほんのちょっとの違いで落とし所が全然違うんだけどね。
だから市がかたくなな態度に出るような事態には追い込みたくはない。

それと60年間ほったらかしといて怠慢だ!と言った方は地元民ではあったが、彼ら市の職員が粛々と業務を全うしていたら、オラホらは今、あの地にはいなかった可能性が高い。
たぶん市の職員もその辺は認識しているんじゃないかな。
言わないもの、その件について。
良い方に取ってる、と言われればそれまでだけどね。


■今後

これだけ反対意見一色で、市はどんな対応をするのだろうか?
気持ちは、文化庁、地元住民、盛岡市民どこにも良い顔したいとこだろうけど、このままでは無理だろう。
策定委員会に地元代表を入れなかったり、説明はしても協議の場を設けなかったりと、官主体で事を運びすぎた。
そのツケを今払っているわけだ。

もしこのまま中央突破するつもりなら、もう誰も無傷ではいられないだろう。
そして誰が一番重傷を負うかというと、大概は真ん中にいる人、と言うことになるじゃないかな、普通。






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