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れれ?また靴下が見えないノーブル佐々木です。

先月末に友達が亡くなって、激しく落ち込んでいるここ数日。
何とか気持ちを盛り返さないとな。


■策定委員会

あったみたいですね、策定委員会。
他人事みたいでなんですが、関連する事務があったので今回はパスをした。
気にはなっていたが身は一つだからしようがない。

・岩手日報平成22年11月3日(水)
岩手日報桜山関連101103

以下テキストにしてみた。

平成二十二年11月3日(水曜日)

盛岡市の史跡復元構想

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桜山地区整備案修正へ
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「勘定所」記述見送りも

盛岡市内丸の桜山神社参道地区の史跡復元構想について、市は2日、市内で有識者による史跡盛岡城跡保存管理計画策定委員会(委員長・田中哲雄元東北芸術工科人教授)を開いた。
市側の整備案に委員からは「復元には十分な調査が必要だ」と指摘する意見も。
市は地元の強い反発なども踏まえ、勘定所跡の整備など具体的な記述を見送ることも含め当初計画を修正する考えを明らかにした。


考古学や都市計画などを専門とする委員9人のうち7人が出席。

市は同構想に地元から反対意見が続出していることや「白紙撤回」を求める署名運動が行われていることなどを報告した。

同計画では桜山地区の整備内容(案)として土塁、勘定所跡の整備(ガイダンス等の機能)などと具体的記述が盛り込まれている。

これらの表現について市は「あくまで可能性として挙げた」と説明。

委員からは「史跡の中で復元するには入念に調査した上で案を出すのが当然。その点がまだ不十分だ。具体的に書くのはどうか」との意見が出された。

これに対し、新沼正博市都市整備部長は「今回の表現に地元からかなりの抵抗が出ている。現実的には復元整備までにかなりの時間を要する。具体的に盛り込まずとも『地元との協議を踏まえた整備』などの表現が可能であれば検討したい」と計画の修正に言及した。

また、12月にもパブリックコメントを実施する当初方針について「ある程度の合意形成が図られた時点で行う」(新沼部長)と柔軟な姿勢を強調。

地元側に協議機関への参加を要請していることを明らかにした。

ただ、今回の委員会は盛岡城跡全体の史跡保存や管理、活用に向けた計画に関する有識香会議で、同地区に関する意見は少数。

委員からは反対が多い同地区の整備案を扱うことに「この案をここで決めるのか」といった疑問の声も漏れた。

終了後、田中委員長は「今後どう調整するかは市の課題だ。地元と協調して域を生かし商業地域も活性化する計画ができればいい」と、地元との十分な話し合いを要求した。

新沼部長は「今回の意見を踏まえて計画の書き直しは必要だろう。どういう表現になるかは住民側との協議なども踏まえて検討したい」と述べた。


以上終わり。


どうなんだろう、この記事を見る限りは、反対運動は一定の成果を上げているように見える。
ただ、年度末には何らかの形で終止符を打つつもりなのは、これまでの説明会でも何度か言及しており、この問題を来年度以降に先延ばしする気はないつもりだろう。

そして、新沼氏は「撤回はする」可能性については言及していない。
「最初に『立ち退き』ありき、では同じテーブルにはつけない。」と商店街会長の颯田氏が言う通り、商店街の基本姿勢は、まずは「白紙撤回」だ。
その後の協議次第では、もしかしたら当初の案の通りになる可能性も否定は出来ない。
その辺りは、少なくてもオラホは承知してる。

説明会では「進め方」について「至らないところがあった」という主旨のコメントをしているが、まさにこの点に商店街は反対運動をしている。
また、修正案について言及しているが、いかなるものを出してくるつもりなのか。
もしかして、勘定所内に店舗を移転させる、とか出してくるかも。
そして、指定地域外の店舗はアウト!とか。
こうなると商店街は、残留組と立ち退き組みで分裂するかも。
思う壺ってことか。
ふん、ならないよ。



■どうすればよいのか?

現在の商店街は、公園緑地化するため地目が「緑地」となっている。
現状では、激しくこの規制に反する状況となっているわけだ。
色々な事情があって、この状況が63年も続いてしまった。
この状況下で、現状での存続を願うのは、虫のいい話なのかもしれない。

では、どうすればいいのか?
オラホらは仲間内で、長年この件については議論してきた。
そしていつも立ちふさがるのは、金の問題だ。
この期に及んで、この問題は回避できるものではない。
そこで、それを含みつつ、いくつか案を挙げてみることにする。

1.借地を買い取る。

この間、とある掲示板を見ていたら、オラホらが「ここを買い取ればいいのにぃ」的な書き込みがあった。
お〜、それが可能ならいい案だ。
買い取れるかどうかは、個々の問題にはなるけどね。
ところがどっこい、相手に売る気が微塵もない。
で、この案はこれで却下。
ちなみにオラホのとこは私有地なのだが、立場は借地の住民と何も変わらない事を明記しておこう。

2.商業ビルを作って皆で入居。

10年ほど前は、East21(東大通りで商業ビルに変わったところ)のように、皆で箱物に収まる、という案もあった。
これは、建替え以上の資金が必要となること、史跡指定地に許可が下りないらしい、ということで断念。

そのうち、この町並みが珍しいらしい、と言うことを知ってからは、外観を保持したままの存続を検討するようになった。
しかし、このままでは防災上の問題を残したままになるわけで、どうしたもんかねぇ〜、という空気で現在に至っている。

ここにきて、必ずしも景観に好意的でない市民もいる、と言うことを知るとオラホの自信も揺るぎかけてはいる。
ほとんどヒマラヤシーダの状況と変わらないかも。
なくなったらなくなったで気持ちよくなる、ってわけですね。

あ、何か愚痴っぽいな。
では、話を戻して、どうすればよいのか?

3.住民に条件付で建て替えさせる。

市は、文化庁の補助金をあてにして今回の計画案を作成した。
だから、当然当局の補助金の規定に沿う形でしか案を出せない。
自分たちに金がないのだから、活用できるものは活用する、と言う至って健全な思考だ。

しかし、国の金に頼らなければならないのだろうか?
普通に住民に建て替えさせた方が、税金使わずに済むんじゃないだろうか?
市が外観に規制を設け、一定期間内に改築することを条件として、例えば5年とか、低利の貸付をしてくれたら、5年間で街は生まれ変わる。
これに応じることが出来ない住民は、自分の権利を売るなどして別の道を選択することも出来るようにする。

おお〜完璧!
市と同じように「なんとかしな、あかん!」と言うことを「街が存続する」という前提で考えれば、これくらいしか選択肢はない。
しかも、商業地に変更できなければ、これもアウト。

ん〜、これがオラホの頭の限界点だな。
ということで今日はここまで。





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