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JUGEMテーマ:地域/ローカル

震災犠牲者の冥福を祈ります。
そして、今よりも、ほんの少しでも多くの幸せが被災者に訪れることをお祈りします。
ノーブル佐々木。
 
■地震のノーブルでは

平成23年3月11日(金)2時46分、盛岡では震度6強の地震があった。
生まれて初めて経験した最極の地震だった。
築51年のこの店が良く耐えたと思う。
鉄骨で補強してたせいかもしれないが、界隈で建物が損傷した話は未だ聞いていない。
不思議なことに店に陳列している商品も、たった一個リンスが床に落ちただけで無事だった。
 
たまたま来店していたお客さんは、カラー後のシャンプーが終わったところで、リンスこそできなかったが、うちのカラーリングは酸性なので、髪もサラ艶、仕上がりには何も問題がない。(少し宣伝が入っているが許しなさい)
ただ停電してしまったので、ドライヤーが使えない。しかし、嫁は丹念に手を入れて人肌で乾かしてしまった。
みんなワタワタして、道路に飛び出してるのに、地味にスゲー嫁・・・。



■陸前高田に支援物資を届けよう

唐突だが、先週の木曜日(17日)、丁度地震のあった日から一週間。江刺の同業者の高野さん(仮に“T”としよう)から電話があった。

「ノーブルさん、救援物資を被災地に届けよう、って話があるんですけど〜。」
 
こんなヤツがこの業界にいたのか・・・。
たいした漢じゃないか。
んで、なんだ?オラホを誘ってるわけだな。
 
「みんなに呼びかけたいんですけど、メーリスでノーブルさん流してくださいよ〜。」

ぬぁに!それではまるでオラホが発起人みたいになってしまうじゃないか。
相手を見て物を言いやがれ!とは、言わなかったが、重い、荷が重いぞ!
しかし、こいつなら適当にみんなを煽ってくれるだろう〜的な作文を作るだろう、という過分な評価に気持ちよくなってしまったオラホは、結局引き受けることになってしまった。
 いいのか?それで。

んで具体的にメールに盛り込む内容としてはどうする?
まず、物資の提供のお願いね、はいはい。
決行は何時にする?21日(月)?
うん店がお休みの日か、良いんじゃない。
金土日と三日間あれば、物資も何とか集まるだろうしね。
そうだ、櫻山商店街と盛岡の組合支部にも声かければ、なんとかなりそうじゃん。

みたいな会話でメール内容は決定。
よし速攻でメール打つぜ。まかしときな!
けど、しっかりフォローメール頼むぜ、気がついたら後ろに誰もいなかった、なんて真っ平だからな。

しかし、陸前高田から帰ってくるまで、とうとう高野さん(仮に“T”)からフォローがくることはなかった。



■支援物資

支援物資を送るには支援物資を集めなければならない。
この場合、企業だったら資金もそれなりにあるだろうが、気持ちとしてはオラホらも被災者だ。
今後の営業のことを考えると不安で仕方がない。
月々のローンの返済もあるし、実弾は僅かだ。(あ〜世知辛い)

それでも、櫻山商店街や盛岡の美容組合理事で運用しているメーリスに呼びかけてみたら、10人ほどから提供を受けた。
それでもオラホのワゴンがいっぱいになるほどだった。

半分は古着、その他には靴、紙おむつ、食品、マスク、歯ブラシなど等。
現金を出した方もいたが、正直取り扱いには困った。
悩んだ挙句、スーパーで食品を買うことでよしとすることに決めた。

その間、盛岡の同業者山崎さん(仮に“Y”としよう)が加わることになり、実働部隊は3人となった。
おっと、この三人にはオラホも入る。
呼びかけといて、え?オラホは呼びかけただけさ〜、などど言えるはずがないじゃないか。



■目的地

物資が続々集まりだした辺りから、目的地の選定に入ったが情報が足りない。
あまりに広範囲で、どこに行ったらよいか分からん。
それでも取り敢えず“大槌”にしようと、と言うことになった。

理由は、あまり報道に出てこないから。
変な話かもしれないが、報道されているところは、すでに人が行きやすい状況だから物資も届いているだろう、と言う判断からだ。
結局、陸前高田・広田半島に変更されたが、知り合いが彼の地にいる親戚に支援物資を届けてきた、と言う情報が随分役に立った。

実際、現地に行こう、という一般人が得られる確実な被災地情報は、官を除けばテレビ・ラジオくらいなものだ。
ネットは確実性から言えば、さほど頼りになるとは思えなかった。
現地の人は、ネットに書き込むことができないのだから、間接情報にしかならないし、このころは一般の人が支援物資を届けたと言う話は、あまり書き込まれてはいなかった。

気持ちだけで実行することの難しさを痛感した。
物資は集まるし、行き先は決まらない。
最後は、振り上げたコブシの下ろし先として現地に向かったようなものだった。



■不安

呼びかけから日一日と経つうちにも、被災地での支援物資の状況は、報道によるとどんどん良いほうに向かっているようだった。
すると。もしかしてオラホらが現地に入る21日ころには、物資も潤沢に回り、自分たちの支援物資など被災者にとってゴミ同然なんじゃないか?という疑念が三人の間でふつふつと沸いてきた。
TVでは、「無駄な古着は焼かれている!」とか流すし、知り合いから「そんなもの仕分けの迷惑になるだけだ」とか言われちゃうし、支援センターに電話したときは「一般の方の支援物資の輸送は推奨していないんですよぅ。」とも言われた。

あ〜、そうかい!と言いたくなったが、向こうもこちらに怪我などされたら困ると思ってのことだろうから、立場的に仕様がないのか、と思って飲み込んだが、釈然としない。
「何も協力はできないですが、がんばってきてください」くらい言えないものなのだろうか?
もともとはガソリンがなくて輸送に難儀してると思っての行動だったんだが、官は一般市民を使おうという発想はなかったようだ。

そんな逆方向のベクトルに一時は、やめようか・・・と言う空気が三人の中に漂い始めたが、宮古からはるばるいらしたお客さんが、オラホにほんの少し勇気をくれた。

「そんなことないわよ。いくらでも欲しいはずだわ。決して無駄じゃないわよ。」

この「無駄じゃない」は、その後三人の合言葉のようになったが、結局現地に到着する最後まで、喉に引っかかった魚の骨のように、不安はずっと三人の胸から取れないままだった。



■江刺で合流

各個輸送する方法も取れなくはなかったが、江刺で高野さん(仮に“T”)が1tトラックを調達したと言うので、積荷を一つにまとめて現地に向かうのが、貴重な燃料を有効に使う方法と思われた。
そこで前日20日(日)にオラホと山崎さん(仮に“Y”)の荷を一つにまとめて江刺入りし、そこでまたひとつにまとめる、と言う計画になった。

ところが、この計画も盛岡で一つにするには量が多すぎて、個別に江刺入りすることになってしまった。
さらに、緊急車両優先で高速道路が使えないため、江刺までの移動時間が予想以上にかかってしまい、高野さん(仮に“T”)の店に着いたころには、とっぷりと日が暮れていた。
その上その日は小雨模様。
積荷作業の条件として、最悪とは言わないが決して良いとも言えない。

きっと素行に問題のあるやつがこの中にいるに違いない。
誰だ!誰なんだ?
オラホは普段からあんなことや、こんなことをしている、あやつがあやしいと思うのだが・・・、まー名前は伏せておこう。

天候を悪くした犯人探しは横に置いとくとして、積荷が濡れたのでは、ただでさえ受け取ってもらえるか分からない品々、中身を見る前に門前払いでは、被災者にも物資を提供してくれた人にも申し訳が立たない。
トラックにカバーをかけたまま、後ろからすばやくカバーと荷台の間に荷を滑り込ませながら

「これ、無駄になりませんよね〜」

「無駄になんかならないよ。」

と言い合い、なんとか濡らさず積荷を移し替えることに成功した。
小雨なのがせめてもの救いだった。
しかし、積んでみると、荷台が小山のようになってパンパンではないか。
こんな夜中に店の前でコソコソ荷物を積んでこの量なら、夜逃げと思われても仕方がないくらいだ。
しかし、オラホのワゴン車には、まだ手付かずの積荷が残っていた。
これはトラック1台では到底無理な量だ、と言う話になり、明日は2台で現地入りすることになった。

江刺までの予定で来たオラホのワゴン車、はたして高田までガソリンはもつのか?
実はオラホは地震の前夜、満タンにしたという強運の持ち主だったのだ。
広田半島に行ったことはないが、往復するには十分だ。
ただ、帰った後の事が幾分か不安ではあったが、それまでにはガソリン事情も良くなっていることだろうし・・・。

たぶん何とかなるんじゃないか・・・。
・・・きっと、なんとかなる。
そうさ、なんとかなるさ!
おお〜、いつものように段々なんとかなる気がしてきたぞ。

これだ、これだ〜来たぞ〜。
よし!覚悟は決めた。
2台で明日は現地入りだ。

で、何?明日は何時に起きる?
え?な、なに?もう一度・・・。

ご、5時〜!

5時起床〜?

最終的に決定を下したのは、農作業を趣味にしている山崎さん(仮に“Y”)だった。



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