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ダニエル・ビダル・・・その1

今回は、ダニエル・ビダル。
オラホ的には、日本で本格的に芸能活動した始めてのフランス人として、脳細胞の外タレ分野に記憶されています。
今でも、「あの人は今・・・」的な特番で、彼女が出演するくらい、リアルタイムの人には、印象深いお方なんだと思います。
下は、いつの放送か知りませんが、オラホも見た記憶がある映像。
曲は、彼女のデビュー曲「オー・シャンゼリゼ」

■ダニエル・ビダル - オー・シャンゼリゼ


外国人タレントというと、だいたいオラホが小学生くらいまでは、1ドル=360円の時代だったので、日本で仕事をしても大した稼ぎにもならなかったせいか、数えるくらいしかいなかったように思います。
思い出せるのは、ヒデとロザンナ→ウィキのロザンナ(伊)、イーデス・ハンソン(米)→ウィキジュディ・オング(当時台湾人)→公式サイトベッツィ&クリス(米)→公式サイト、と言うあたりか…。後はドラマで外国人役でよく見る顔もありましたが、名前までは浮かばない。
それが、'73年オラホが中2の時、ドルの変動相場制への移行から徐々に外国人タレントが増えて来たように思います。(私見ですけどね)

話を戻しますが、ダニエル・ビダルが日本で芸能活動をして、母国フランスで優雅に暮らせたのかは分かりませんが、フランスの人口は日本の2分の1ほどのようですから、当時の為替レートを割り引いても採算の取れるものだったんでしょうね、きっと。
それと、競合する欧米系タレントの少ない日本のほうが、アメリカなんかより当然リスクは低かったでしょう。日本人にとって金髪碧眼は憧れでしたから。

さて、YouTubeで見つけてきました映像は、「私はシャンソン」
これ、レコード買いました。大好きでしたねぇ。

■Daniele Vidal - Je Suis Une Chanson(邦題:私はシャンソン)

これは、日本語では発売されなかったみたいですね。お国に帰ってから出したのかな?
でも、下手な日本語で歌うよりフランス語のほうが雰囲気があってオラホ的にGooD!

しかしこのレコード、高校のクラブの友達に譲ってしまい手元にありません。いや、売ったのかぁ…。
そうだ、売ったんだ、確かに売りました。500円で。
その時は、部活の帰りにオラホの家で数人とトランプをしていた時のことでした。
当時、オラホの部活では、ナポレオン、ツー・テン・ジャックなどのカードゲームが流行っていて、休日の部活後に誰かの家でよくやっていたものなんですが、何気なくこのレコードをかけたら彼が食いついて来たんです。

どうやら、以前から気に入ってたようで、その食いつき様は、腐肉に群がる禿鷹のよう。(ごめんね友)
そこで、冷やかし半分で「500円で売るよ」(注:買った値段そのまんま)と言ってやりました。
CDと違ってレコードは針で摩耗しますから、中古は安いのが常識。
プレミアなんて概念は、あまりなかったので、結構ふっかけたつもりだったのですが、彼はためらいもなく「買う!」と言いやがりました。
結局、引っ込みがつかなくなって、その場で彼に売ることになってしまったのですが、あれは今思っても惜しい事をしたと、1年に1回くらい思います。(これは嘘)

もっとも、この辺の記憶は、曖昧なんで確認する必要ありか、と思いますが…。
結局しないだろうな、と。











シルヴィ・ヴァルタン…その2

彼女のナンバーとしてすぐに浮かぶのは、「あなたのとりこ(Irrésistiblement)」、「アイドルを探せ(La plus Belle pour Aller Danser)」くらいしかありません。
その後、イージーリスニングで聞いた“Feridun Arşiv”という曲が、彼女のナンバーだと知ったのは、比較的最近のことですから、彼女のものと知らなかったナンバーというのは、まだまだあるんだろうと思う次第。

何かヒントになるかと思って、彼女のオフィシャルサイトを見てみることにしました。→ココ
行ってみると分かりますが、オラホはフランス語で爆死状態です。
多少分かるのは、以下の2つ。
“Photos”ココ
“Clips”ココ
下はTVショーかなんかの映像のようですが、大胆にもこんなの載せちゃってるんですね。
興味ある人は拾ってくるんじゃないんでしょうか。

話は変わりますが、この時代のTV映像とかほとんどアテレコが多いようです。
音にあわせて口パク、ってやつ。
どこにもマイクないし、音はレコードと同じですもんね。
現在の日本のTVで、アーティストがライブで歌う時に妙な緊張感が伝わってくるのは、アテレコがないせいだと思うのはオラホだけなんだろうか。
それとも、歌番組が激減して生で歌う機会が減ったため(歌手もスタッフも)緊張してるだけなのか。
いずれこの緊張感が、ある意味「付加価値」を持って視聴者に受け入れられているのだろう、と思うのでガンシタ。



Sylvie Vartan - Irresistiblement(邦題:「あなたのとりこ」)



Sylvie Vartan - Feridun Arşiv


シルヴィ・ヴァルタン…その1
岩手県、盛岡、美容室、ベルジュバンス、ノーブル美容室
このお方の話をするとリアルタイムのオラホは、あまりにもお子様過ぎて彼女のナンバーしか知りません。
ただ、妻夫木聡主演の「ウォーターボーイズ」で「あなたのとりこ」(原題:Irrésistiblement)が挿入曲として使われ、リバイバルヒットしたのが記憶には新しいところで、その辺から彼女のことを知った人も少なからずいるのではないかと思われます。

例のごとくウィキペディアで調べますと、ブルガリア生まれのフランス人なんだそうで、15へぇ〜位でしょうか。
そして1944生まれ、ときて67へぇ位ですかね。
つまり今年'08現在64歳ということなわけで、他人の歳を心配するほど若くないですが、取りあえず気になるところ。

で、驚愕の記述に注目。
なんとウルトラマンに登場した「バルタン星人」の名前の由来は、シルヴィ・ヴァルタンである、という説があったらしいです。
実は、このネタ振り、オラホも考えていたんですが、ウィキペディアの「バルタン星人」の項目できっちり否定されてます。
見といてよかったぁ〜。

ということで、別ネタ。

「あらいぐまラスカル」(1977年作品)というアニメをご存知でしょうか?→ウィキペディア
このアニメのOPナンバー「ロックリバーヘ」の冒頭のフレーズにそっくりなものがシルビー・バルタンの「アイドルを探せ」(原題:La plus Belle pour Aller Danser/1963年)の中にあります。
ただ、パクリと言うほど曲全体が似ているわけではありません。

オラホがこの「ロックリバーへ」を聞いた17歳当時には、シルビー・バルタンの「アイドルを探せ」も知ってましたから、気付いてもよかったはずなんですけどね。
つい最近YouTubeにて確信しました。
そゆことで、聞いてもらったほうが早いでしょう。
まず「ロックリバーへ」から。

プロローグのあとのすぐのフレーズにご注目。
「あらいぐまラスカル」より「ロックリバーへ」



そして、こちらが元ネタ。
1分3秒後くらいから始まるフレーズにご注目。
Sylvie Vartan - La plus Belle pour Aller Danser(邦題:アイドルを探せ)



たったワンフレーズですから、声高に言うほどのことはないんでしょうが、オラホ的には、30年にも渡る疑問符に決着が付いたという意義は大きいのでガンス。
そんなわけで、ただの自己満足ということでOKっす。




フランシス・レイ…続きの続きの続き

オラホが持ってるレコードで、フランシス・レイのものは、現存でたった一枚「個人教授」(フランス/1968年)だけ。

レーサーの彼氏を持つフレデリク(ナタリー・ドロン)と彼女の魅力にアヘアヘの18歳の青年オリビエ(ルノー・ベルレー)の甘酸っぱいラブストーリー。
当時の多感なオラホには、結構エッチ(当時水準)なシーンがあったように記憶してます。(中学生ころTVで観たと記憶)

原題は、'LA LECON PARTICULIERE'ですが、翻訳機にかけると「特定のレッスン」とでました。(「特別のレッスン」か?)
これだけで判断すると、邦題もそれほど遠いわけではないんですね。

“大人の恋の手ほどき”というあたりが落とし所なんでしょうけど、邦題を「恋のレッスン」とか「スペシャル・レッスン」じゃなく、漢字4文字で「個人教授」とするあたり、知性というか道徳性を感じます。
しかも、裏側にある「欲望」とか「背徳」といったイケナイ思いが、紙幣の透かしのように浮かび上がってくるようです。(オラホだけか?)

ただ、この映画を秀逸とさせているのが、そんな単純なストーリーではないことですが。

ストーリーはこちらで

個人教授(1968) - goo 映画


さらに突っ込むとするなら、Hな映画と妄想させることが配給会社の意図だったのではないかとオラホは想像するわけで、“個人教授=先生と生徒のいけない恋”と言うのは、これ以降、♂的には妄想街道を突き抜ける普遍的テーマとなっていくわけです。(言い切ってよいのか?)

付け加えるなら、ヒロインのナタリー・ドロンは、その名から思い当たる通り、アラン・ドロンの奥方様として当時話題を呼びましたから、彼女のヌードが拝めるありがたい映画、と宣伝したかったのではないかと。

もっとも、この映画が日本で公開された時は、既に離婚してたような気がしますが。
※その場合「元奥方様」ということになります。


LA LECON PARTICULIERE

冬彦さんみたいなルノー・ベルレーが印象的…。

今回は、突っ込み角度が映画方向で音楽に向いてませんでしたが、実は彼フランシス・レイの作品で最も好きな作品のひとつです。
レコード買ったくらいですから。
この曲、彼の作品中でも激情的なほうじゃないかな。



蛇足。
'73にフィンガー5の「個人授業」がオリコン1位にランキングされます。
歌詞は、「男の子が大人の女性に憧れる」ということ以外、なんら示唆するものはありませんが、このタイトル「個人教授」にインスピレーションを得ているとオラホは確信しています。(かなり強引)
ということで、おまけ。

フィンガー5「個人授業」





フランシス・レイ…続きの続き

公式サイト→ココ
※フランス語サイトですが英語にもなります。
※氏の曲が1分程度視聴できるようです。

彼のプロフィールでも載せようかと思って検索掛けてみたら、ウィキペディアには、あまり書き込みがなく、作品インデックス程度のものでしたので、普通に検索かけました。

フランシス・レイ - goo 音楽

ここによると、彼は1932年、ニース生まれとあるので、今年で76歳ということになり、オラホの親と同世代ですね。
“9歳からアコーディオンに親しみ、10代からカジノやナイトクラブで演奏を始める。”
なんてことも書いてありますが、彼にとってこの時代は、第二次世界大戦を挟んだ時期でもありますし、そういった社会的背景と環境が彼の音楽的才能を磨いた一要因だったのだろう、と勝手に想像してみたりします。
また、彼の音楽を「イージーリスニング」っぽくさせているのも、カジノやナイトクラブで演奏していた影響かもしれません。


彼は、映画音楽の揺るがぬ巨匠なのですが、「映画音楽」というものに対し次のようなことを言ってるとの事。
“従来の映画音楽はメロディークではなかった。
スクリーンに現れた映像にアンダーラインを引く効果音のような役割をする付属的なものに過ぎなかったが、私は音楽自体がひとつの登場人物になるという機能を重視している。
つまり映画を取り去ってもひとつのテーマをもったシャンソンになるようなメロディークな音楽を目指しているのだ--”

確かに彼の言は、映画音楽が本編より記憶に残っている、というオラホの体験を説明してくれている様に思います。

でも、これってヒネタ見方をすれば、音楽に映画本編が食われてる、って事になりかねない話のような気もします。
まるで「長編ミュージックPV」な感じ。
いずれそうだったとしても、そのテーマ曲を聞いたことが動機となり、DVDを買うなり借りるなりして収益が上がる、ということならば、それはもう映画製作者の「思う壺」なわけで、これはこれでありなんでしょう。


さて、今回の映像は「白い恋人たち」
1968年製作されたグルノーブル(フランス)で行われた第10回冬季オリンピックの記録映画のテーマ曲。
たぶん誰もが聞いたことのある曲だと思います。

Francis Lai - 13 Jours en France (邦題:白い恋人たち)


曲は、滑走前の緊張感というか、どことなく不安感を誘うプロローグで始まりますが、すぐに優しい流れるようなメロディーとなります。
オラホはこの曲を聴くと、冬季オリンピックの行われる大自然の視線で競技選手を見ているような気持ちになります。
人間は大自然の中ではちっぽけな存在だが、人間ってすばらしいなぁ、と言ってる感じというか…。





フランシス・レイ…続き

「男と女」(1966/監督クロード・ルルーシュ)というフランス映画があります。
カンヌ映画祭でグランプリ、アカデミー外国語映画賞をとった有名な映画で、TVで観た記憶がありますが、音楽以外のことはほとんど憶えていません。
上にウィキペディアのリンクを貼っていますが、突然の死で連れ合い無くした男と女のラブストーリーとのこと。
なんで、記憶にないか。
たぶん、オラホがお子様だったのでしょう。

「ダバダバダ、ダバダバダ…」

気が付くと今でも口ずさんでいることがあるくらい麻薬性の強いフレーズです。
映画のわずかな記憶として、ストーリーが淡々と進んでいくイメージがあるのは、この曲のせいかもしれません。

francis lai - un home une femme(邦題:「男と女」)







フランシス・レイ

音楽ジャンルとしてフレンチポップス(またはイエイエ)に出会うきっかけは、映画だったりするわけで、60年代から70年代にかけて配給されたものが、オラホのフランス観を形成しました。
それが「憧れ」と言えるものか、はなはだ微妙なのですが、バックグラウンドのメロディーに魅了されたのことは、間違いありません。
作品としては、「個人教授」「禁じられた遊び」「男と女」「エマニュエル婦人」「太陽がいっぱい」「冒険者たち」「死刑台のエレベーター」「高校教師」「地下室のメロディー」あたりの名前が出てきますか。
もっとも、映画館で観たのは「エマニュエル婦人」位だったと思いますが。(汗;)

フランシス・レイ(Francis Lai)を知ったのは、上記の作品には挙がっていない「ある愛の詩」(アメリカ/1970)でした。
当時、銭湯に通っていたオラホは、脱衣場のポスターで映画を知り、後にCMでアンディーウィリアムスが「海よりもぉ〜」と歌っているのがこの映画の主題歌であることを知ります。

蛇足ですが、この銭湯でオラホは、上映の終わった映画のポスターをよく貰っていました。
残っていたらどれほどの価値だろうと邪推しますが、結局一枚も残っていません。

この映画、今観ればまるで韓流ドラマのようなストーリーです。
原作はエリック・シーガル
金持ち坊ちゃん大学生と貧乏女子大生の悲しい恋を描いてます。
最後は、白血病で彼女が亡くなり、失意の彼に、結婚を反対した父親が謝るのですが、彼は生前彼女が言った言葉「愛とは決して後悔しないこと」と言い残して去っていく、というエンディングでした。(記憶によれば)

しかも買ったと思うなぁ、この本。
物置ひっくり返せば出てくると思いますが・・・。
今更〜、というストーリー展開と思われるでしょうが、結局この映画のヒットが下地になって、世界各国にレプリカが存在するのだろうとオラホは思うわけです。

いつもながらのYouTube探しで、映画の映像が使われているものを発見しました。
今更ながら、いいのかなぁ、こんなんしちゃって。

Love Story - andywilliams(Englsh)


ちなみに、この映画の主演は、当時新人だったライアン・オニール、ヒロインはやはり新人のアリー・マッグローです。
ライアン・オニールの娘ティータム・オニールも女優さんになりましたが、今はどこに行ったんだろう。
アリー・マッグローは、スティーヴ・マックイーンの奥さんになりましたね。
そして、主人公のルームメイト役に「MIB」(メンインブラック)のトミー・リー・ジョーンズがいたりしてます。

気が付かなかったな〜。




ミッシェル・ポルナレフ・・・続き×3

確定申告が入ると、さすがに書き込めません。
零細自営業者のつらいところです。
ポルナレフが止まらないのも困ったものですが、まぁゆっくりやります。


シェリーに口づけ

さて、今回は「シェリーに口づけ」といきます。
YouTubeで検索してみると、ライブ映像がありましたが、これは最近のもののようです。
コメントには、
“Tout pour ma chérie Polnareff le 14 juillet 2007 à Paris”
とありますので、これを見る限り、昨年のパリでのライブということのようです。
約30年ぶりの彼を見ると、元気なようでなによりなのですが、リアルな歌声を聞くと、時の流れを感じないわけにはいきません。
ん?少し薄くなったか?


Michel Polnareff-tout pour ma chérie(邦題「シェリーに口づけ」)


さて、彼の曲を彼が歌っているオリジナル映像音源とは言え、当時の雰囲気とは随分違いますね。
これは言ってはいけないことですが、彼独特の澄んだ高音が出ていません。
そして、演奏も随分とビートが利いています。
オリジナル音源は、ドラム音が小さく、エレキとベースがメインでリズムを刻んでいます。
この軽さは、発表当時としては普通だったかもしれませんが、オラホが聞いた70年代においても、なにか物足りない印象がありました。
歌も裏声を多用しているのに加え彼のファッションから
優男&女性的=オカマっぽい
と言ったイメージがフレンチポップスに定着し、当時の日本男児には敬遠されたのかもしれない、と思ったりします。

能書きはそれくらいにして、当時のオリジナル映像はないか、と探してみましたが、見当たらず。
仕方ないので、オリジナル映像は諦めて、音源のみ探したところ、数年前からあるフラッシュ映像がアップされていたのを発見しました。
これは、「シェリーに口づけ」のフランス語歌詞に無理っくり日本語をあてがった「空耳」物で、始めてみたときは結構笑いました。



やっぱりメロディーがきれいだわ。


ミッシェル・ポルナレフ・・・続きの続き

長い・・・。
こんなに続くとは、思ってませんでした。
でも、長さに見合うだけの影響を受けたと、オラホは信じて疑わないわけです。

そう言いながら、今まで本人についてほとんど知らなかった、と言う事実に我ながらあきれるばかり。
ミッシェル・ポルナレフに限らず、楽曲には興味があっても、作曲者・歌手である本人には、だいたい興味がなかったので、調べようとしたことすらありませんでしたから、当然と言えば当然。
こんな機会でもなければ、ず〜と知らずにいたことでしょう。

・・・と、ノッケは、反省の弁から。



フランス人の音楽センス

ミッシェル・ポルナレフに限らないのですが、以前にも触れましたように、日本で紹介されたフレンチポップスは、英語圏の楽曲とは明らかに違った風味があり、古き良きヨーロッパ的情緒と言った、近代日本が憧れた西欧文化の香りを感じます。
ただ、歌詞においては、ほとんどわからないので、推測の域を出ませんが、手元にあるレコード「忘れじのグローリア」(1973年CBSソニー/日産グロリアのCMソング)を見る限り、基本的にラブソングが主体です。
この曲に限り、心ない言い方をすれば、別れた女への未練を綴った歌。
このノリも、当時としては、とっても日本的と思ったりします。




忘れじのグローリア  ※訳者不明

君が、もう終わりと言っても
君が行ってしまっても
再び会える望みがなくても
君がこの世界のどこに居ようとも、忘れないで
僕が、君の小川で、のどをうるおし
君の光で、見ることを

オー、グロリア、グロリア

何故、僕からはなれて行ったの?
君を、かごに入れて
とじ込めておけばよかった

信じてるなんて、ばかげていると言われても
君が好きだ
君は、ずっと待っているだろう
死ぬまで忘れないでいておくれ
長い旅の終わりには僕がいる
僕は、君のものだ
毎朝、僕は待っている

オー、グロリア、グロリア

僕は、君を愛することが出来なかった
許しておくれ
僕を、さまよわせないで

オー、グロリア、グロリア

何故、僕から離れて行ったの?
僕は、この長い旅を、一人で終えることはできない

オー、グロリア、グロリア…



Michel Polnareff - Gloria(邦題「忘れじのグローリア」)



検索して知ったんですが、この曲、沢田研二がカバーしてたんですね。
YouTube映像
詞は、沢田研二本人がやってるようで、違和感なくカバーであることすら忘れてしまうくらいです。










ミッシェル・ポルナレフ…続き

なんとなく彼の経歴を調べてみました。

1944年7月3日、フランス生まれ。
父がロシア出身の音楽家ということで、露仏のハーフと言うことになるのかな。
本名については、何も記述が見つかりませんので本名なんでしょうか。
そう言われれば“ポルナレフ”ってフランス人っぽい名字じゃない気もします。

彼は、クラッシックの教育を受け、シャンソン歌手、ピアニスト、作詞家、作曲家の肩書きを持つも、エルビスプレスリーの影響を受けて、方向転換しちゃったんですね。
しかし、一言で方向転換といっても、誰も彼の曲を「ロックンロール」のカテゴリーに入れる人はいません。
曲を聴けば一目瞭然ですが、彼自身が培ってきたクラッシック・シャンソンと言う素地に、ロックという肥料を与えた、という感じです。

それが「フレンチポップス」と呼ばれるのですが、ただし、この名前が通用するのは日本だけのようです。
世界的に通用する呼び名としては「イエイエ(Ye-Ye)」と言うそうで、「あ〜このことだったの…」と、自らの不見識を自覚する冬の夜長でございます。

さて、前向きに生きていくことを誓いつつ、彼の話に戻りましょうか。
デビューは、4曲入りEP「ノンノン人形」だそうです。
あは〜ん、そうなんだ。(打ち込みながらお勉強してる図)
自信がないですが、たぶん↓です。

Michel Polnareff - LA POUPEE QUI FAIT NON (邦題:ノンノン人形)


この映像でエルビスの匂いはしませんね。
ビジュアル的には、エルビスと言うよりは、ジョン・レノンに近い。
ジョン・レノンがブロンドのボンバーカツラしてグラサンかけたら、彼と区別できないんじゃないかと思ったりします。

ま、気のせいと言うことでスルーしましょう。